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light
system of stripe
開始日:2009年12月06日 リスタート日:2011年05月31日
更新日:2011年11月24日/installationsにrandom work追加
blogにcheckered system公開中→http://ameblo.jp/ryjzw/
colour way
blog work
All existence including the art depends on the system.
Therefore, the art is work to point out that all existence depends on the system.

芸術を始め、すべての存在がシステムに依存している。
だから芸術は、すべての存在がシステムに依存していることを指摘する作業なのだ。

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Copyright(C)2009〜 Ryuji Ozawa. All rights reserved. システム論 論文2
 works/Looking for an investor's sponsorship in order to keep production costs of the art work actually.
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squares,colour squares,small squares,square systemなど、Illustratorで制作した作品は、digital printを前提としているが、
print素材は現状未定であり、その資金もまた調達できていない→そのためprint素材案、作品のための資金を募集中。2011年08月05日
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【無へと至る思考】
 いきなり唐突だけれど、描かないことから始めること。ここからこの論文を始めることとする。

 「描かないことから始めること」が、絵画のスタートラインだと知らぬ間に信じていた。画家を夢見た当初から、どういうわけか、「描かないことから始めること」を理想としていたのだ。それは、強いて言えば、ジョン・ケージの有名な楽曲(?)である「4分33秒」の影響だろうか。いや、多分きっとそうだろう。そうに違いない。
 ジョン・ケージのあまりに有名な楽曲「4分33秒」。しかし、あらかじめ断っておくが、私は、この曲を一度も聴いたことはない。聴いたことがなくても、凄まじい影響力を持っているのが、この「4分33秒」という楽曲の革命性なのではあるのだけれど。
 何かの評論で読んだ記憶を記しておこう。
 アロハシャツを着たピアニストが登場する。彼は、グランド・ピアノの前に立ち、観衆にお辞儀をする。ピアノに向かい、蓋を開き、椅子に座る。しかし、彼がピアノを弾くことはない。急にピアニストはピアノの蓋を閉め、観衆にお辞儀をして去る。それが、「4分33秒」だ。ピアノは奏でられなかったが、観衆のざわめきや私語、開け放たれていたホールの扉からホール内に入る小鳥たちのささやきや雨音は、事欠かなかった。楽音はなかったが、騒音や自然音はあふれていた、それが作曲者(?)の意図だと常に解説されて来た「4分33秒」。
 それは、私には「無」を示唆した。「何もないこと」の極地。それを理想とすること。
 1980年前後のアート状況を垣間見るうちに、私が、その究極=極限=理想としたのは、「何もないこと」であり、さらには「何もしないこと」だった。
 アートの究極は、何もないことであり、アートの理想は、何もしないことである。それが当時の結論だった。しかし、それに賛同する者は皆無だったけれど。

 アートの究極は、何もないことであり、アートの理想は、何もしないことである。

 蓮實重彦の著作『表層批評宣言』や『物語批判序説』の誤読の影響のせいか、物語らないこと=表現しないことが理想だった。村上春樹が「物事の半分しか語らないようにしていたら、物事の半分しか考えられなくなった」と何かに書いた、あの物語だ。誰かの言説がいくつか私の思考の中で反響する。

 物語らないこと、それが理想だった。

 誰も表現し得ない場、誰も物語ることのできない時空間、まさに、そんな不可能な磁場を用意し準備すること。何も意味しない場、物語も表現も存在し得ないような磁場。物語も表現も一瞬で凍り付き、空白化し、無となり、物語も表現も存在し得ないような、どことも知れない場。誰もが沈黙を強制されてしまう強引で強力な磁場。何も物語らない物語、何も表現しない表現、何も物語れない物語、何も表わさない表現、そんな不可能な存在を誘い出そうとする不可能な試み。しかし、たとえ不可能だとしても、私が心から望むのは、そんな不可能な場であり、限りなく無に近い何物かであり、原理的で構造的な視線に基づくであろう何かに他ならない。誰もが当然で自明の理として無意識に繰り返す同じ物語、類似した表現のすべてを覆し、沈黙へと至らしめること。

 ここから何かを始めること。もしくは、ここから何かを始めないこと。

 そして、私の思考は、そこで大きな飛躍を迎えることとなる。契機は不明、と言うより、それは突然に大きな飛躍を迎えたとしか言いようがない。

 思考は、いきなり、大きく飛躍したのだ。

 それを端的に語ることは、今となっては不可能だ。それは、以下の作品コンセプトに結実してしまったからだ。「芸術を始め、すべての存在がシステムに依存している。だから芸術は、すべての存在がシステムに依存していることを指摘する作業なのだ」。これが、すべてだ。



【システム論】
 システムがすべてを覆っている。あらゆる領域にわたって、あらゆるレベルで(あらゆる階層で)、システムが君臨している。まさに、システムがすべてを覆い尽くしていると言って良いだろう。この宇宙のすべての基盤にあって、すべての存在・非存在を可能ならしめているのが、システムにほかならない。すべては、システムが多種多様に連鎖し合い、組み合うことで存在を許されているのだ。すべての物事それぞれは常にシステムとして存在しているのであり、それらシステムそれぞれが連鎖し合い、組み合うことで、途轍もなく膨大で複雑多岐な怪物的状況を呈しているというわけである。システムとは、あらゆる領域で、あらゆるレベルで(あらゆる階層で)、多種多様な名称を与えられながらも、必ず複雑多岐な関係の網の目(ネットワーク、もしくは錯綜体)として存在し、すべてを規定している途轍もない何物かの総称である。しかし、そんな怪物的状況をシステムの一語で呼称し尽くすのは無謀かもしれないが、システムと呼称する以外に良い方法はないように思われる。なぜなら、多種多様な場面で個別に呼称される個々の名称に、逐一従っていたら、このシステムの錯綜体たる怪物的状況を一挙に把握することなど永遠に不可能だからだ。例えば、システムの別名を個別に脈絡もなく列挙すれば、以下のようになるだろう。それは、ルール(規則)、コード(規制)、制度、体系、秩序、言語、規範、共同幻想、物語、文化・社会体系、法体系、貨幣概念、本能(正確には欲動)、倫理、政治形態、物質や生物の生成原理、細胞学、仮想現実、環境生態系、プログラミング(コンピューターシステム)、交通・移動システムの作動原理、心理学、経済システム、構造主義、ポスト構造主義、サイバネティックス、コミュニケーション、ゲーム、自己組織化、コノテーション(共示)、無意識、脳科学、線形・非線形科学、生理学、機械の作動システム、生体内の循環系統、宇宙の構造、資本主義、大衆社会、遺伝子学、情報、表現、神話など(前項に例示したシステム工学に代表されるオートメーションの円滑な作動のための手立てとしてのシステムや、現代社会の一面を否定的に語り、分析し、批判するための単純な用語としてのシステム、また、システムコンポだのシステムキッチンだのといった笑い話のような分類名称といった側面をも、ここに加えておくべきだろうか)、その種類や分野、レベルに応じて、変幻自在としか言いようのない君臨ぶりを示している。まさに、それは、怪物的状況である。これらすべてをシステムの一語で記述してしまうのは、無理があるのは始めから承知している。しかし、個別の名称に従っていたら、このシステムの錯綜体たる怪物的状況を一挙に把握することなど永遠に不可能なのだし、これらすべての現象の根底を見るならば、そのどれもが構造を持つ体系として、つまり、システムとして、それぞれが円滑に作動しているのは明白なのである。実際、システムは、あらゆる領域で、あらゆるレベルで(あらゆる階層で)、必ず複雑多岐な関係の網の目(ネットワーク、もしくは錯綜体)として存在し、すべてを規定しているのだ。だからこそシステムについて語ること、これがすべての重要な論点なのである。ここでは、構造(無構造も当然含む)を持つ体系という規定をした上で(要素を持つ階層的かつ共時的秩序とも、恣意性に基づく差異の体系とも言い換えることも可能だろうが)、システムの一語を執拗に用いることとする。
 人が意識しようとしまいと、すべての物事(生命、環境、その他、存在するありとあらゆる事物のすべて)は、それぞれが常にシステムとして存在している。それらシステムのそれぞれが連鎖し合い、組み合わさることで、途轍もなく膨大で複雑な怪物的状況を呈しているのである。また、ここでは、しっかりと準拠しているのにも関わらず、意識もしないで自明の理として受け入れている思考や行為、認識を制度と呼称する。また、制度に準拠も依拠もしながら自動的に紡ぎ出される思考や行為の総体を物語と呼称する。それらの自明化した営為のすべてを(つまり、すべてのシステムを、まさに、システムのすべてを)明白にすること。すべては、システムの連鎖・組み合わせにほかならないのである。そうであるのなら、すべては、システムとして明示できるのである。例えば、言語というシステムによって、もしくは別の表現によって(ここでは詳述しないが、例えば、システムそのものとしての美術作品を構築し、作品を成立させているシステムもしくはコードそのものを作品化する厳密で知的な試みであるとか、作品の構造を読み取れるように単純明確な配置構造を設定し、まさに、その作品を成立させ、支えている表現のコードを明示しようと試みたり、逆に錯綜させたりする操作的な方法であるとか、どちらも現代美術の枠内での論理的で緻密な方法だ)。要するに、まさに自明の理として見えない何物かとなっているすべてのシステムのすべてを明示すること、これである。
 物事のすべては、システムに他ならないのだ。
 人間も、もちろん、システムの複合体(もしくは錯綜体)に過ぎないのである。実にシステムとは、あらゆる領域で、あらゆるレベルで(あらゆる階層で)、多種多様で多層多岐に存在する途轍もない何物かの総称である(システムから逃亡すること?それは不可能なのだ)。つまり、すべての物事は、システムの連鎖・組み合わせとしてしか存在し得ないのである(宇宙そのものが多種多様なシステムの錯綜体なのだと言っても良い)。何よりも考えるということ自体が、人間の生体システム、脳の神経の連鎖作用、そして言語や文化などの象徴体系に準拠しなければ不可能な営為なのである(これはあまりにも単純化した一例ではあるが、少し考えてみれば納得できる筈である)。
 人間に限って、もう少し言えば、システムとは、まず、生命を維持させ続けるためのありとあらゆる生命維持システム(それは、類い稀な程に巧妙で緻密に構成されている自然の体系そのものであり、身分けに関わる生命システム全体)のことであり、また人を人間たらしめているあらゆる社会システム(個人個人の脳内に蓄積され、個人個人の記憶や思考や行動の基礎ともなる文化、宗教、科学、経済、政治、社会などという言分けに関わる多様な概念事項群)のことであり、それらすべての総体を意味する。繰り返すが、総体とは、多種多様で複雑多岐なシステム(身も心も環境も、すべてが渾然一体となった全体)が、連鎖し合い、組み合わさっているという怪物的状況を指す。つまり、システムを個別に観察するならば、単純な規則の組み合わせにも見えるかもしれないが(しかし、それも、一面的な見方であって、一つのシステムでさえもが、多種多様な組み合わせを構造としているのが現実である)、実際は、多種多様で複雑多岐にわたるさまざまなシステムが連鎖し、組み合うことで、システムは、あらゆるレベルにわたって君臨し、途轍もなく莫大で膨大な怪物的状況を呈しているのである。
 要するに、芸術を始め、すべての存在がシステムに依存している。だからこそ、芸術は、すべての存在がシステムに依存していることを指摘する作業なのだ。



【作品】
 「芸術を始め、すべての存在がシステムに依存している。だから芸術は、すべての存在がシステムに依存していることを指摘する作業なのだ」というコンセプトを具現する作品として、私が企画したのは、非常に単純化された作品システムである。作品が、どのようなシステムにより構築されているのかが明示されている、そのような作品だ。1点もしくは数点を鑑賞すれば、鑑賞者は作品のシステムを知ることが可能だ。
 作品は、大きさやテーマによって幾つかのシリーズが誕生する。作品を見ることは、システムを見ることと等価となる。
 私がシステム作品と呼称している作品群は、同一サイズの正方形の並列とその組み合わせをシステムとした作品シリーズである。それらは、正方形の英単語squareをタイトルに使用されることが基本であり、adobeのアプリケーションillustratorを利用して制作されるdigital print作品である。
 同一サイズの正方形の並列とその組み合わせをシステムとした作品は、膨大な展開を見せることとなるはずだ。

 システム作品を発展させた作品群を、ほかにも2種類だが試みている。
 その一つは、縦ストライプ(stripe)をコンセプト(コードと言うべきか)にしたストライプの組み合わせを幾つも展開するストライプ作品。さまざまな幅や長さのストライプを、同一の作品サイズで試みている。
 さらにもう一つは、同一サイズの正方形を一方向もしくは二方向に並列するカラフルな作品。それは、システム作品とストライプ作品を組み合わせて発展させた、まるでカラー・バー(colour bar)のようなカラフルなシリーズで、タイトルはcolour wayである。
 以上が、私の作品のすべてである。その、どの作品も、作品を見ることがシステムを見ることと等価である。それは、「芸術を始め、すべての存在がシステムに依存している。だから芸術は、すべての存在がシステムに依存していることを指摘する作業なのだ」というコンセプトを具現化した作品であると言って良いだろう。


→ポスト・システム?

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