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「幸福の黄色いハンカチロケ地」で検索された場合は、2011年編からロケ地をご覧ください。
ロケ地訪問は2013年編へ続いています。

『幸福の黄色いハンカチ』『家族』『遙かなる山の呼び声』ロケ地訪問
北海道ドライブ旅行2012

『幸福の黄色いハンカチ』『家族』『遙かなる山の呼び声』ロケ地訪問第2弾。
ガイドブックにないロケ地へ取材と観光を兼ねて北海道ドライブ一人旅。
今回で7回目となる北海道の旅は、2012年10月6日(土)〜11日(木)の6日間の旅でした。
『幸福の黄色いハンカチ』『家族』『遙かなる山の呼び声』北海道ロケ地訪問ルートマップ
有名人の敬称は略させていただきます。
2012年10月6日(土)
新潟自宅出発/12時⇒北陸道・巻潟東IC〜日東道・朝日まほろばIC
⇒国道7号線:道の駅温海/14時⇒日東道・温海IC〜酒田港IC⇒国道7号線:道の駅象潟/15時30分
⇒日東道・にかほIC〜二ツ井白神IC⇒国道7号線:道の駅たかのす(夕食)/18時30分
⇒東北道・碇ヶ関IC〜青森IC⇒青森港/20時15分
津軽海峡フェリー
(ブルードルフィン乗船/21時40分)青森港発/22時15分〜函館港着/翌2時⇒国道5号線:道の駅森(車中仮眠)

映画『海峡』ロケ地/函館湾の七重浜

高倉健主演映画『海峡』(昭和57年放映)は函館湾の七重浜から始まる。
津軽海峡の青函トンネル完成までの壮大なる映画である。
昭和29年青函連絡船洞爺丸が台風に遭遇し、転覆沈没し多くの犠牲者を出した。
調査工事に先がけて、高倉健(阿久津剛)が七重浜で献花する場面である。

出演者は吉永小百合(牧村多恵)・森繁久彌・笠智衆・大滝秀治・小林稔侍・三浦友和など。
音楽は南こうせつ「友ありて」と「多恵」。最初にできたのは「多恵」のテーマと南こうせつは語る。
高倉健のファンであった南こうせつは、かぐや姫の時に
高倉健を入れた歌を歌っている。「離婚歴三回」作詞:伊勢正三 作曲:南こうせつ
♪健さんのように強くて、カマキリのように恐ろしい 彼女が最初の奥さんでした♪

映画『海峡』ロケ地/青森竜飛崎

海峡ロケ地 竜飛崎
メインロケ地は竜飛崎。竜飛崎より北海道福島町方面を望む(写真は2006年10月3日撮影)。
2012年10月7日(日)
森/4時30分⇒国道5号線⇒道央道・伊達IC〜有珠山SA/7時〜追分IC⇒栗山/9時30分

映画『幸福の黄色いハンカチ』ロケ地/栗山町

今年のロケ地訪問は昨年の続きで栗山町からスタート。
幸福の黄色いハンカチ ロケ地栗山町 幸福の黄色いハンカチ ロケ地栗山町
<栗山町大井分の花農家藤島農園奥さん談話>
ファミリアがUターンした場面で苗を運んでいた女性は、
当時この辺りで稲作農家だった徳田農園の奥さんだそうだ。現在は離農されている。
この場面後、ファミリアは陸橋(夕張鉄道があった橋)を逆方向に戻る場面がある。
桃井セリフ「欽ちゃん止めて」とファミリアを止める場面になる。
幸福の黄色いハンカチ ロケ地栗山町 幸福の黄色いハンカチ ロケ地栗山町
<栗山町大井分の稲作農家陸橋西側の木内農園(分家のお母さん(82))談話>
「田植え時期で最初にファミリアが来て、本家(隣家)で午後3時〜5時の2時間位休憩と打ち合わせをしてた。
高倉健さんが家にあがって気さくな話をしていた。桃井さんや武田さんは家に上がらなかったみたい。
そん時健さんジャンパー着てなかったね。どのシーンかわからないが、
ジャンパーを着て撮影に行った時の表情は既に役者だったね。他のスタッフといっても何人もいなかったよ。」
幸福の黄色いハンカチ ロケ地栗山町
昭和51年航空写真では小屋が映っている。夕陽と車の影からここで撮影されたようだ。
地元の人は田植えで忙しかったので気づいた人は少ない。
この場面は夕方5時過ぎに撮影された。(ロケ当時の日没方位=298度=西北西)

映画『幸福の黄色いハンカチ』ロケ地/栗山町日出

栗山町走行場面である。
幸福の黄色いハンカチ ロケ地栗山町
道道3号線の栗山町日出(栗山町大井分⇒夕張)の峠越え寸前で撮影されたようだ。
現況の「ふたまた駐車公園」を少し夕張方面に行った所。
幸福の黄色いハンカチ ロケ地栗山町
よくよく見ると朱美の髪型が微妙に違う場面が交互に出てくる。
昭和52年5月22日撮影は朱美の髪型に乱れが見えない。ドライブインいしかり⇒栗山町大井分は同じ日の撮影。
5月26日撮影は朱美の耳の当たりの髪が下がっている。長沼町⇒栗山町角田⇒栗山町日出の撮影ではないかな。

映画『幸福の黄色いハンカチ』ロケ地/夕張市若菜

幸福の黄色いハンカチ ロケ地夕張市若菜
夕張市若菜交差点の標識。ここを左折。

映画『幸福の黄色いハンカチ』ロケ地/夕張市本町

幸福の黄色いハンカチ 夕張市本町 幸福の黄色いハンカチ 夕張市本町
夕張市本町6のカーブと夕張市本町5のハイカラ坂。
幸福の黄色いハンカチ ロケ地夕張市本町 幸福の黄色いハンカチ ロケ地夕張市本町
カーブは遊歩道となっている。ハイカラ坂から学校が見えたが廃校になっている。
幸福の黄色いハンカチ ロケ地夕張市本町

映画『幸福の黄色いハンカチ』ロケ地/夕張市本町

幸福の黄色いハンカチ ロケ地夕張市本町 幸福の黄色いハンカチ ロケ地夕張市本町
桃井セリフ「今橋渡ってる、写真屋さん」のあった橋と本町2の坂の見える場所。
夕張市美術館(昔ボーリング場)は大雪のため倒壊してしまったそうだ。現在建物はない。
幸福の黄色いハンカチ ロケ地夕張市本町
島勇作が夕張市本町の梅ヶ枝通りで飲み屋から出てきたお客(赤塚真人&マサ)と
もみ合いになったマサを演じたのは、俳優の河原裕昌さん。(現:河原さぶさん)
炭鉱夫として島勇作の同僚を演じたのは、夕張市本町4丁目でそば処:吉野家を経営する高橋伸一郎さん(72)。
同僚役を演じた高橋さん(当時37歳)は、島勇作を自宅まで送ったブルーバードの運転手。

そば処:吉野家の高橋さんにお話を聞こうと、お昼をここで食べた。
行列ができる程の混雑で手を休める間もなく、止む無く退席せざるを得ず。
幸福の黄色いハンカチ 夕張市梅ヶ枝通り 幸福の黄色いハンカチ 夕張市梅ヶ枝通り
島勇作が夕張市本町2の梅ヶ枝通りでぶつかる場面は、本町通りに抜ける路地との角の店。
幸福の黄色いハンカチ ロケ地夕張市本町 幸福の黄色いハンカチ ロケ地夕張市本町
夕張市本町2の梅ヶ枝通りから本町通りに抜ける路地。ここでマサが島勇作と絡み合いになる。
写真左側の階段より左側の建物は、平成25年1月26日解体されたそうだ。
幸福の黄色いハンカチ ロケ地夕張市本町
生協マーケットがあった夕張市本町1。右側が栄団地で道路が線路だった。
この道路と栄団地の間に生協マーケットがあった。
幸福の黄色いハンカチ 生協マーケット 幸福の黄色いハンカチ 夕張病院
生協マーケットシーンでは、EXPO70大阪万博の旗が小道具で使われている。
島勇作と光枝が7年前に出会ったという回想シーンである。
医者での回想場面で、窓の所にカレンダーがある。
このカレンダーは昭和52年のもので8月7日(日)が赤く塗られている。撮影日を示している。
きっと取り替えるのを忘れたんだろう。
ロケ地は夕張市本町4丁目にあった水原医院。お医者さんと看護婦さんはホンモノです。
<参考:1980年頃の夕張市本町の水原医院建物写真
リンク

映画『幸福の黄色いハンカチ』ロケ地/夕張市高松

幸福の黄色いハンカチ ロケ地夕張 幸福の黄色いハンカチ ロケ地夕張
高倉セリフ「俺は不器用な男だから」の夕張市高松。
幸福の黄色いハンカチ ロケ地夕張
映画場面では緩やかな坂に見えるが、実際はかなりの急坂。坂の下には映画『北の零年』希望の杜がある。
幸福の黄色いハンカチ ロケ地夕張市高松 幸福の黄色いハンカチ ロケ地夕張市高松
夕張希望の丘で会った札幌市在住男性(63)は、13歳の頃、この夕張市高松の炭鉱住宅に住んでいたと言う。
「ここに来ると涙が出るんです。こんな姿になってしまったかと。あそこに幼稚園があり、
あそこが小学校だったんです。山の上まで炭鉱住宅があったんですよ」と説明してくれた。

映画『北の零年』ロケ地はダムの底に沈んでしまう事から『北の零年』希望の杜として移築された。
(主演:吉永小百合 渡辺謙)
ロケ地は夕張市鹿島北栄町(R245)で、かつての大夕張鉄道線大夕張炭山駅付近だったそうだ。

道東道・夕張IC〜十勝清水IC⇒帯広⇒音更⇒十勝川温泉:田園(宿)/16時
リンク
2012年10月8日(月)
十勝川温泉/7時30分⇒道東道・池田IC〜足寄IC⇒陸別桜井牧場/9時

映画『幸福の黄色いハンカチ』ロケ地/陸別
桜井牧場

幸福の黄色いハンカチ 陸別ロケ地 幸福の黄色いハンカチ 陸別ロケ地
お約束の位置に車を停車(写真左)。今回はオートバイで出演した息子さん(51)にもお会いできた。
「草を丸めなきゃ」と足早に牛追いに行かれた(写真右)。
幸福の黄色いハンカチ ロケ地陸別 幸福の黄色いハンカチ ロケ地陸別
ご主人にお話を聞いていた時、息子さんの奥さんが105馬力のトラクターで牧草刈に出かける所だった。
映画さながら「今どかしますから」と私は車をどかした。牧場の女性は男性同様にたくましい。
大型特殊自動車免許も持っている。「あれはお母さん専用のトラクターなんだよ」とご主人。

<桜井牧場櫻井一郎さん(79):トラクター出演(当時44歳)談話>
桜井牧場の自宅で撮影されたのは、高倉健と小野泰次郎の玄関先のシーンだけ。
カメラマンと照明スタッフが屋根裏部屋へ上る階段の所まで一杯になり、いる場所が無くなったそうだ。
スタッフ・俳優らの宿泊先は浜田旅館で、ロケ弁も浜田旅館から。
桜井牧場で馬鈴薯をたくさん炊いて用意したそうだが、監督の許可がないと食べれなかったそうだ。
桜井牧場では湧水を飲食用に使用している。その水を出した所、
監督がこれはウマい水だと、その日までジュースだったのが翌日からこの湧水に変ったそうだ。
幸福の黄色いハンカチ ロケ地陸別
他の場面は、すべてセット撮影。「ミットもない」の場面はセット撮影だそうだ。
高倉健と小野泰次郎の玄関先のシーンで映っている子供達は、
桜井牧場の子供達で、セット撮影時には同じ家族構成で撮影されたという事だ。

桜井牧場ご主人の証言は、<大船撮影所の記録(松竹)>とも一致する。
「セットを足寄の農園の雰囲気と合せるのが大変だった」と記録が残っている。
小野泰次郎セリフ「泊るって言ったって、この辺じゃ士幌か足寄だろうけんど」で推測すると
国道241号線沿いで足寄町と上士幌の間の設定になっていることと思う。
小野泰次郎セリフ「あの人達、車落として困ってるんだ、クルマ、自動車」と先代に言っている場面。
先代は既に便所案内役で面が割れているからセット撮影では顔は映っていない。
ドテラ姿で歩いていたり、テレビの前に居る雰囲気である。
よって花田欽也の風呂上りの場面と「ミットもない」はセット撮影ということになる。

山田洋次監督が桜井牧場に訪れたのは昭和52年4月末で撮影に入る1週間くらい前だったそうだ。
一度は断ったものの、陸別町斗満やカネラン峠の方まで牧場を探したと言う。
道路沿いにあるのは桜井牧場だけだった事から、ここでないとだめなんですとお願いされたそうだ。
ちなみに阿寒湖から帯広間で国道241号線・国道242号線沿いには牧場はほとんどないので心情がわかる。

小野泰次郎出演の主な映画
『家族』(昭和45年)/風見民子一家を中標津駅まで迎えに行った川井役(字幕に名前はない)
『男はつらいよ奮闘篇』(昭和46年)/青森県東北電力社員役
『幸福の黄色いハンカチ』(昭和52年)/陸別の牧場主
『遙かなる山の呼び声』(昭和55年)/風見民子家の隣家に住む福士役
『男はつらいよ寅次郎かもめ歌』(昭和55年)/江差町の漁師あがりのテキヤ役
『海峡』(昭和57年)/竜飛崎の漁師役

映画『幸福の黄色いハンカチ』ロケ地/陸別駅前

⇒道の駅陸別/9時45分
幸福の黄色いハンカチ ロケ地陸別駅前
左が仕出し食堂「かわもと」があった場所。右が武田セリフ「帯広通って勝狩峠」高倉セリフ「狩勝峠か」の場面。
陸別駅前通の「赤とんぼ」は今も健在。
幸福の黄色いハンカチ ロケ地陸別 幸福の黄色いハンカチ ロケ地陸別

映画『幸福の黄色いハンカチ』ロケ地/足寄

⇒足寄町茂足寄/10時40分
幸福の黄色いハンカチ ロケ地足寄 幸福の黄色いハンカチ ロケ地足寄
足寄国道のロケ地ポイントの木は、昨年に増して大きくなったような気がする。
持ち主の方へ:この木を伐採してもらえないでしょうか?

映画『幸福の黄色いハンカチ』ロケ地/弟子屈

⇒阿寒横断道路の弟子屈町奥春別/11時40分
幸福の黄色いハンカチ ロケ地弟子屈 幸福の黄色いハンカチ ロケ地弟子屈
「さっさと飛ばせ、イモ野郎が」のロケ地である。

映画『遙かなる山の呼び声』ロケ地/弟子屈駅

⇒弟子屈駅(現:摩周駅)/12時(お昼は駅前ぽっぽ亭で名物の豚丼)
遙かなる山の呼び声 ロケ地弟子屈駅 遙かなる山の呼び声 ロケ地弟子屈駅
ちょうど12時48分発川湯温泉行きのノロッコ列車が来た。
遙かなる山の呼び声 ロケ地弟子屈駅 遙かなる山の呼び声 ロケ地弟子屈駅
『遙かなる山の呼び声』で笠井一彦(田島耕作の護送刑事役)が駅弁とお茶を買う場面がある。
この弁当を売っていたのは、当時弟子屈駅前にあった青木待合所と呼ばれていた青木商店。
お弁当とそば処のお店だったそうだ。(弟子屈観光案内の高橋さんと松岡さん談話)

別海フライトパーク〜倍賞千恵子さん別邸

別海フライトパーク
別海フライトパーク

リンク

映画『遙かなる山の呼び声』ロケ地/南中競馬場

⇒南中競馬場/14時15分
遙かなる山の呼び声 ロケ地南中競馬場

映画『遙かなる山の呼び声』ロケ地/別海町豊原

⇒別海町豊原/14時40分
遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原福士家 遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原風見民子家
現況は牧草地である。15時前だというのに車の影が長い。道東の日暮れは早い。
遙かなる山の呼び声 ロケ地 遙かなる山の呼び声 ロケ地
左は福士家のあった場所付近。右が風見民子家へ向かう途中。当時からあった木だろうか?木が2本ある。
翌日西原さんと一緒にここに来てもらった。左が佐藤牧場(福士家)で、
右が山口牧場(風見民子家)だったそうだが、山口牧場(仮名)は昭和54年秋に移転された。
詳しくは⇒家族・遙かなる山の呼び声ロケ地
ロケ地は他に玉井牧場もあり、玉井牧場は平成元年離農され居住されていたが、近年転居されたそうだ。
2013年6月1日玉井裕志さんは旧自宅(別海町豊原3)を文学館としてオープンされた。(道路対面にある)
遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原 遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原
牧草集めをしていたところの木が印象的だ。
遙かなる山の呼び声 ロケ地 遙かなる山の呼び声 ロケ地
左が風見民子家の入口付近から撮影した木。このあたりに住宅と牛舎があった。
右が牧草地にある木。当時のままではないようだ?

映画『家族』ロケ地/別海町豊原の西原牧場

⇒別海町豊原の西原牧場/15時
『遙かなる山の呼び声』の前作とも言われる『家族』のロケ地を提供された西原牧場へ。同じ地区である。
家族ロケ地/別海町 家族ロケ地/別海町西原牧場
事前に予測した地図をもとに行ってみると立看板の名前が違う。一端豊原簡易郵便局を訪ね確認した。
「そこでいいんです」との返事。私の予測がピタリと当たってほっとした。

庭掃除をしていた西原さんに「こんにちは」と声をかけると『家族』に出ていたお母さんだと一目でわかった。
家族ロケ地 家族ロケ地
映画から42年経ってもお母さんだ。「お父さんはおられますか?」と尋ねると、
「平成23年2月1日87歳で亡くなりました。1周忌が済みました。昨年何年振りかで、
倍賞千恵子さんもお見えになったんですよ。亡くなった後でした」と。
現在は三女夫妻が後継者となり、4世代同居の“大家族”になっていた。
牧草地は107ヘクタール、牛は250頭くらいいるそうだ。

<西原和子さん(85):宴会出演(当時43歳)『家族』撮影の談話>
自宅1階で出演者の方と宴会になった場面は、本当の宴会だったそうだ。
家族 家族
西原新さんの右隣が同じ豊原地区で一番親しくしていた千葉さん。
千葉さんは早くにお亡くなりになり離農されている。
笠智衆さんに着物を着せたりして、2階が風見源造が亡くなる撮影場所だったそうだ。
家族
映画『家族』のロケで使用された入植当時の3点セット(自宅・牛舎・サイロ)に案内してもらった。
家族ロケ地家族ロケ地家族ロケ地
『家族』で風見一家がたどり着いた住宅は物置になっているそうだ。
昨年倍賞千恵子さんがなつかしそうにこの中に入られたそうだ。
映画撮影後に入口部分を増築したとの事。サイロは当時のまま。
牛舎は現在でも子牛用の牛舎として使われている。
家族 家族
映画の風景そのものである。塚本セリフ「良く眠れたですか」倍賞セリフ「はい」
家族ロケ地 家族ロケ地
子牛が立とうとしている場面もここで撮影されている。両手が西原さんご夫妻の手。

映画『家族』
西原新(あらた)和子ご夫妻の軌跡

西原さんご夫妻は福岡の出身で、戦時中に先代が福岡でトップにあった渡辺鉄工所に勤務。
その後独立して西原鉄工所を設立し、子供の西原新さんも家業に従事した。
福岡では長者番付1位が渡辺鉄工所、2位が西原鉄工所であったそうだ。
主に戦時中であるという事から、関連した製造を行っていたが、戦後になりその仕事量が減り
先代と西原新さんは後始末の日々に追われる。
その頃、和子さんは何も知らず嫁いだ。子供ができ、国営パイロットファーム事業が昭和30年に始まった。
ある日、先代が言ったそうだ。「時代は変った。事業の転換だ」と。

西原新さん(当時32歳)は昭和31年に弟子屈町の弟子屈実習場に単身で1年間研修した。
昭和32年4月、別海町豊原の片岡牧場で牧場用地のくじ引きが行われた。
西原新さん(当時33歳)は豊原の一等地を引き当てた。今思えばあれは土地の奪い合いだと和子さんは言う。
これを聞いた先代は、「和子も行け。これは事業だ」と、和子さんは子供とその4月に別海町へ移住する。
別海へ来た時は、まだ雪があったそうだ。まるで『家族』と同じ季節である。

<秘話>
西原和子さんは新さんに、汽車の旅が長いので、東京の親戚に2日間泊ると告げたつもりが、
新さんは青函連絡船の函館に来る日がその日だと思い、函館で2日間待っていたそうだ。
なかなか来ないと思い連絡をとったら、まだ東京に和子さんがいたと言う。
この2日間というのも映画『家族』と似ているところがある。

引き当てた土地は原野で原始林だった。新さんに「お前の好きな所に家を建てろ」と言われ、
世界銀行から当時250万の融資を受けてコツコツ返すというものだった。
原野を切り開き、家を建て、牛舎を建て、牧草地を切り開いた。
(昭和33年に皇太子がご訪問され視察された牛舎東にある牧草地)
家族ロケ地
昭和33年6月27日に皇太子(天皇陛下)がご視察に来られるとのことで大変だったそうだ。
炭カルを散布して、散布したところをトラクターで耕したそうだ。その時の模様がこちら。
根釧パイロットファーム開拓史
リンク

福岡のご両親は一度だけ別海に来た事があったそうだ。
ご夫妻には3人の子供がいる。現在は三女夫妻が後継者となり西原牧場を継いでいる。
当時のパイロットファームの離農が今も続き、牧場数は3分の1になったそうだ。
新規で入植する人がほとんどいないため、空いた牧草地を少しずつ増やして今や107ヘクタール。
「小学校の向こうにもあるんだよ。飛び地と呼んでいるんだよ」
牛の数も5年前の約2倍の250頭〜260頭になったそうだ。

「こんな話をすると、皆に1冊の本になるねと言われる」と、映画『家族』の原点なんだと思った。
最後に「別海に来ていかがですか」と尋ねると、「良かったね」というご返事だった。

⇒養老牛温泉:旅館藤や(宿)/16時30分
<養老牛温泉:旅館藤やご主人の『家族』撮影の談話>
「僕は『家族』の時は、開陽台までトラクターを運ぶ仕事をしてたんです」
2012年10月9日(火)

映画『遙かなる山の呼び声』ロケ地/西竹小学校

養老牛温泉/8時15分⇒中標津西竹小学校/8時30分
遙かなる山の呼び声 ロケ地中標津町西竹小学校 遙かなる山の呼び声 ロケ地中標津町西竹小学校
吉岡秀隆(風見武志)が野球をしていた小学校は、中標津町立西竹小学校。
遙かなる山の呼び声 ロケ地西竹小学校 遙かなる山の呼び声 ロケ地西竹小学校
旧校舎は一部保存されている。

映画『家族』ロケ地/別海町豊原の西原牧場

⇒別海町豊原/9時15分
昨日の続きでこれまでの西原さんのお話の続きをお聞きした。
西原和子さん(85)の手の指は曲がっている。搾乳(乳搾り)を長年やってたことによる。
「毎日朝晩と2回乳搾りした。今は搾乳機があるから」と。

同じ豊原地区で近年離農された2戸の牧場を、孫が独立してそこへ移ったということで案内してもらった。
斎藤牧場牛舎 斎藤牧場搾乳機
近代設備により西原さんの孫が経営する斎藤牧場牛舎。右が搾乳機。
牛は朝になると自身で牧草地へ出て、搾乳してもらいたくなると自身で搾乳機のところへ来るそうだ。
搾乳が終わると、自身の寝床へ帰るという。何か不思議なんだが牛ってそういう行動をするらしい。
人と同じように牛も行列をなして順番待ちをするそうだ。

映画『幸福の黄色いハンカチ』ロケ地/
達古武沼検証結果⇒藻琴湖

⇒新酪展望台⇒厚岸(お昼は桜亭で牡蠣コース)/12時⇒釧路湿原:達古武沼/13時50分
達古武沼達古武沼達古武沼
桃井セリフ「休むとこないかな」でおしっこをする場面。2011年編で達古武沼と推測して現地検証。
右写真のカーブ右側付近から桃井シーンが撮影されているように思えるが木々があり景色が見えず。
幸福の黄色いハンカチ ロケ地藻琴湖 幸福の黄色いハンカチ ロケ地藻琴湖
達古武沼には遠方の山並がない。ロケ地は達古武沼ではないと判断できる。
再度検証してみると、遠方の山並には少し残雪があるようにも見える。
遠方の山並が藻琴山方向だとすると道道102号線藻琴湖のこの付近。
幸福の黄色いハンカチ ロケ地藻琴湖
木の立ち具合、ややS字道路が良く似ている。

映画『幸福の黄色いハンカチ』ロケ地/釧路湿原

⇒釧路湿原:北斗展望台/14時40分
幸福の黄色いハンカチ 釧路湿原 幸福の黄色いハンカチ 釧路湿原
釧路から鶴居に向かう道道53号線の釧路市北斗にある湿原展望台前の登坂車線手前。
現地へ行ってみたが、木々で全く景色見えず。

⇒国道38号線:道の駅うらほろ/16時⇒幕別温泉(宿)/17時
リンク
2012年10月10日(水)

映画『幸福の黄色いハンカチ』ロケ地/日勝峠

幕別温泉/8時⇒日勝峠/8時50分
幸福の黄色いハンカチ 日勝峠 幸福の黄色いハンカチ 日勝峠
狩勝峠を疾走する場面は日勝峠手前。ちょうど霧のかかっている付近だと思う。

⇒日高⇒平取⇒道の駅むかわ/11時
⇒厚真(新日本海フェリー苫小牧東港予約)⇒苫小牧(お昼)/12時
堀井学 小がね
偶然お昼に苫小牧市内の小がね(沼ノ端店)に入った所、
元オリンピックスピードスケート代表選手の堀井学さん(当時:北海道議会議員)に会った。
写真は同席していた方から撮影してもらった。

⇒ウトナイ湖⇒厚真(新日本海フェリー苫小牧東港)
新日本海フェリー 新日本海フェリー
⇒(しらかば乗船/19時)苫小牧東港発19時45分(15分出航遅れ)
2012年10月11日(木)
〜新潟港着/15時30分⇒自宅着/16時30分
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当サイトに掲載した「幸福の黄色いハンカチ」「家族」「遙かなる山の呼び声」ロケ地は
映画場面と当時の航空写真を照合して探査しました。
ロケ地照合探査のため、場面解説に映像(タイトルを明記)を使用し、
国土交通省空中写真(国土交通省航空写真と明記)を利用しました。
映像の著作権は、映画(製作・配給)会社に帰属しています。
お便りは雪ん子滝沢農園メールまたはフォーム
ロケ地訪問は北海道2013へ続きます。秘蔵スナップ写真入手しました。

北海道2010 北海道2009 北海道2008
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男はつらいよ旅と女と寅次郎ロケ地
旅と女と寅次郎

男はつらいよ葛飾立志篇ロケ地
葛飾立志篇

男はつらいよ柴又より愛をこめてロケ地
柴又より愛をこめて
男はつらいよ奮闘篇ロケ地
奮闘篇

男はつらいよ寅次郎忘れな草ロケ地
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寅次郎相合い傘

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翔んでる寅次郎

男はつらいよ夜霧にむせぶ寅次郎ロケ地
夜霧にむせぶ寅次郎
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知床慕情

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度胸一番星

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