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首里城 書院・鎖之間 (復元設計)

書院・鎖之間は首里城の王の執務空間であり、南殿の南側の高台に位置し、南側には琉球庭園の遺構が残っています。この復元では、伝統的な工法の再現を含む復元設計です。



書院・鎖之間の復元は、琉球大学新築時に辛うじて残された書院の南側の6つの礎石跡と、滋賀県で見つかった明治時代初期の首里城の配置図(通称:横内図)や、「御座飾図」とよぶ、催事の飾りつけの計画図の中に残された、建物の間取りや室名称や床飾絵との整合性を図りながら進めました。首里尋常学校時の写真等の資料を元に復元を行いました。

左:横内図 右:御座飾帳
特に残された写真には、様々な事実がわかり、VisualBasicによりアプリケーションをつくり、写真解析を行い、横内図や、礎石跡との整合性をはかると共に、

設計は有識者による復元委員会と並行して進めていきました。

首里城は正殿を除き、北殿、南殿は鉄筋コンクリートによる外観復元という手法がとられましたが、今回は少しずつ集まった資料を元に、往時の技術の復元と同じ材料を用いての復元となりました。

首里城は明治維新以降、王府としての役目を終えて明治時代には陸軍の宿営地として使われ、その後、荒廃していき、一時は取り壊しが決定されますが、女子師範学校の教師の努力により取り壊しは免れます。
一方、明治時代の後期から、首里尋常高等学校として、書院・鎖之間が使用されますが、太平洋戦争までには取り壊されてしまいます。また、戦争中は陸軍の基地として使われたこともあり、残された城壁等は破壊されてしまいす。
戦後、首里城には琉球大学が新設され、正殿や書院の礎石や地盤の遺構も破壊されてしまいました。




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