高庵寺住職は檀家の扱いが不平等です 不満ならば離檀してください 信念は公正(フェア)です 公正と平等は絶対に両立しません平成25年8月18日更新

 

高庵寺住職というより、私の生き方の核心部は公正(フェア)です。

以前に教師をしていた時も同じでした。

教育現場では、平等が過度に重視される傾向がありました。

いくらかましになったのは退職近くになってからでした。

 

日本語には適当な訳語が無いので公正を使用していますが、ニュアンスが微妙に異なります。

生き方の核心はフェアなのです。

 

一番分かり易い例えは囲碁なんですが、囲碁を知らない方も多いので、どう説明したら良いんでしょうか。

チェスという競技があります。(もっと分かりにくいかな)

欧米の将棋ですね。

リーグ戦を行います。

 

将棋や囲碁ならば全勝優勝があります。

チェスの場合は絶対にあり得ません。

もし、あったとしたら、それは力が全く異なるんです。

11人でリーグ戦を行います。

10勝0敗は無いんです。

無敵の強さというのは、5勝5引き分けなんです。

 

チェスでは黒(先手)が絶対に有利なんです。

したがって、黒のときは勝ちをめざし、白(後手)の場合は引き分けを目指します。

 

囲碁の場合は、ハンディキャップのつけ方が非常にやりやすいのです。

弱い方は黒(先手)をもち、相手との力量差に応じて、石を2つ(囲碁では2子と言います)とか3つとか、力量差に応じて先に置くことができます。

つまり強い人と弱い人が、互角に戦えるのです。

 

この弱い人にハンディキャップをつけて、互角の競争にすることをフェアという概念でいうのです。

したがって、公正ならば必ず不平等になります

 

日本人は平等に力点をおきすぎます。

そのため、しばしば不公正になりがちです。

 

最近は、公私ともこのことでぶつかることが増えました。

人というのは、不平等が大嫌いなんです。

 

私も絶対にこの点は譲りません。

欠点は、平等というのは比較的に簡単にできます。

分かり易いんです。

 

公正は難しいのです。

公正に扱うためには、相手をよく知らなければできません。

平等の方が遥かに簡単なんです。

 

個人的な主観ですが、宗教者や教師等の仕事をされる方は、困難な道であっても公正を目指すべきと信念を持っています

 


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