日本バプテスト連盟  姪浜キリスト教会

2014年8月24日の礼拝メッセージから

「だから大丈夫」


マタイによる福音書 8章18〜22節
 


 本日の箇所は、イエス様が律法学者や弟子に対して「イエス様に従うとはどういうことか」語られた箇所です。本日の箇所を読みながら、まず心に残ったのは、律法学者との会話の中で、イエス様が言われた言葉です。「きつねには穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子にはまくらする所がない」(8:20)。ここでイエス様が言われていることというのは、言うならば、「家」のことなのだと思います。その時、思い浮かべたのは、私たちの連盟で行なわれているホームレス支援活動のことでした。ホームレスの支援活動をしておられる先生からよく聞くことがあります。それは、「ホームレスというのは、単に建物としての『ハウス』が無いというだけでない。ハウスレスでなく、まさしく家庭としての『ホーム』を失っている人たちなんだ」ということです。そして、そのように、「ホーム」を失ってしまうということが、私たちにとって、どれほどの損失なのかということをお聞きするのです。

 また、もう一つ心に残ったのは、8:22で弟子のひとりに対して言われた「わたしに従ってきなさい。そして、その死人を葬ることは、死人に任せておくがよい」(8:22)という言葉です。ここで言われているのは、「葬り」のことなのだと思います。私は2011年に起こった東日本大震災の経験を通して、「葬り」について色々なことを考えさせられました。震災後、津波被害の地で、一番最初にお墓を修復しておられた方々の様子を見たり、福島の原発事故の避難地域に指定された方が一時帰宅で家に帰ると、まず最初に家の仏壇にお線香をあげていたり、教会でも震災で亡くなられた方のために「葬り」のプロジェクトが起こされたり…。震災を通して、亡くなった方を偲ぶことや、葬りをすることが、私たちにとって、どれだけ大切なことなのかということをまざまざと見せられてきたように思うのです。

 本日の箇所では、そのような「家」のこと、そして、「葬り」のことが取り上げられています。そんな中、つくづく思うのは、「家」のこと、「葬り」のことは、私たちにとって、どれほどかけがえのないものなのかということです。ただイエス様は、それらのことについて本日の箇所で肯定的には言われませんでした。「家」については「人の子はまくらする所がない」と言われ、「葬り」については「死人を葬ることは、死人に任せておくがよい」と言われたのです。イエス様は、何でこのように言われたのでしょうか。ここでイエス様は、「家」のことや「葬り」のことを、どうでもいいことだと言われているのではないと思います。むしろ、「家」のことも、「葬り」のことも、本当に大切でかけがえのないものであるということが前提となっているのだと思うのです。イエス様は、そのようなかけがえのないものをあえて挙げられながら、「私たちの歩みには、それらに優る大切なことがあるんだ」ということをおっしゃっているのです。福音を伝えること、そして、イエスに従うことは、それらに優る大切なことなんだということを人々に教えようとしておられるのです。福音は、「地上の家」のことだけでなく「天の住まい」のことを語っているのであり、「葬り」のことだけでなく、亡くなった先の「救い」について語っているのです。
 

                          (鈴木 牧人)
 
                

       (TOPに戻る)

Copyright (C) 2001-2007 Meinohama Baptist Church. All Rights Reserved.