日本バプテスト連盟  姪浜キリスト教会

2014年12月14日の礼拝メッセージから

宮にいてよかった

ルカによる福音書2章36〜38節


 

 本日の箇所に登場するアンナは、非常に年を取っていましたが、若い頃に嫁いだことがありました。当時、女性は大体10代前半に結婚することが普通でしたから、アンナもおそらくそれぐらいに結婚していたのではないかと思います。その夫と7年間結婚生活をしていたのですが、夫は若くして亡くなってしまいました。それからずっとアンナは、やもめ暮らしでした。もし15歳位で結婚したとすると、そこから7年を足して、22歳位になるのだと思います。アンナはそこで夫と死に別れた後、84歳になるまで、誰にも身寄りがなく暮らしてきたのです。その間、60年余り・・・。アンナはどんな思いで過ごしてきたのでしょう。きっと、私たちには想像もつかないような色々なことがあったのだと思います。しかし、そんなアンナについて、聖書は「そして宮を離れずに夜も昼も断食と祈とをもって神に仕えていた」(2:37)と語っています。私は、この言葉の重さというか、尊さというものを思います。60年の間、色々なことがあったのだと思うのです。心からの喜びをもって、神様を見上げることもできる日もあれば、傷ついたり、疲れたり、心弱くなってしまって、喜びをもって、神様を見上げることができなくなってしまうこともあったかも知れません。そんな色々な経験をしながら、彼女は60年間、宮から離れることがなかったのでした。

 信仰の歩みというのは、楽しいことばかりではありません。時に、大変なことや、辛いことだってあるのだと思います。しんどいことだってあるのだと思います。本日のアンナのように、ひたむきに信仰生活を続ける中でも色々なことがあるのだと思うのです。しかし、私は思います。私たちがそんなふうに色々な思いを通らされながらも、それでも主につながっていく…。信仰につながっていく…。そこにはかけがえのない恵みがあるのです。そのしんどさをはるかに超えるような祝福があるのです。本日のアンナの物語を読んでも、つくづくそのように思います。アンナという人は、そもそもクリスマス物語とは関わりのないはずの人でした。マリアやヨセフ、エリサベツというのは、夫婦だったり、親戚関係だったり、色々な関わりがありました。そんな中にあって、クリスマス物語に登場するのは、自然な成り行きだったと言えるかも知れません。しかし、アンナは、マリアと知り合いだったわけでありませんでしたから、本来なら、アンナは、クリスマスの出来事と何の関わりもないはずの人でした。イエス様誕生のことなど、知らされずに終わったかも知れませんでした。しかし、そのアンナがクリスマスの出来事を直に見るという祝福に入れられていきました。それはアンナが宮に留まり続けたからでした。彼女の信仰生活には、しんどい時もあったかも知れませんが、それでも宮から離れずに留まり続け、結果として、クリスマスの出来事を目撃する人となったのです。そして、このクリスマスの出来事は、彼女のこれまでのしんどさを全て吹き飛ばしてしまうような祝福の出来事だったのだと思います。私たちは、そんなアンナの姿から「離れない信仰」、「立つべきところにきちんと立っていく信仰」というものを教えられるように思います。

                         (鈴木 牧人)
                 
 


 

       (TOPに戻る)

Copyright (C) 2001-2007 Meinohama Baptist Church. All Rights Reserved.