日本バプテスト連盟  姪浜キリスト教会

2015年5月24日の礼拝メッセージから

「救いのしるし」

マタイによる福音書12章38〜42節


 本日の箇所は、イエス様に対して、何人かの律法学者とファリサイ派の人々が質問をしたという箇所です。彼らは、イエス様に対して、「しるしを見せてください」(12:38)と言ってきました。言い方を変えるならば、「イエスが本当に天から遣わされたのなら、その証拠を見せろ」と言ってきたのです。聖書には、別の箇所にも、そんなふうに人々がイエス様に詰め寄ってあれこれ言っている箇所があります。「あなたは本当に神から遣わされたのか」「あなたの言っていることは本当なのか」「それなら、ちゃんとした証拠を見せろ」「天からのしるしを見せろ」そんなふうにイエス様に詰め寄ったのです。
本日の箇所で、イエス様は、天からのしるしを求めて来た人たちに対し、奇跡的な御業をなさろうとはしませんでした。何故でしょうか。色々なことが言えるのかも知れませんが、そもそもここで律法学者やファリサイ派の人たちにそうしたところで、何の解決にもならなかったのではないかと思います。そういう奇跡的な御業をなさったところで、彼らがイエス様にきちんと向き合ったわけではないのではないでしょうか。マタイ12:22-32には、イエス様が悪霊に取り付かれた人を追い出されたという奇跡が記されています。しかし、その奇跡を見たファリサイ派の人たちは「悪霊の頭ベルゼブルの力によらなければ、この者は悪霊を追い出せはしない」と言いました。そのように、彼らはどんなにイエス様の素晴らしい奇跡を見ても、信じようとはしませんでした。そんな彼らに対して、奇跡的な御業を見せたところで信じるとは思えません。信じない心はやっぱり信じないのだと思うのです。
 イエス様は「しるしを見せてください」と迫ってきた律法学者やファリサイ派の人々に対し、何か奇跡的な御業をなさろうとはせず、彼らに対し、「あなたたちはよこしまだ」とおっしゃいました。しかし、その一方で、「預言者ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない」(12:39)ともおっしゃいました。「預言者ヨナのしるし」とは何でしょうか。それは、「ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、大地の中にいることになる」(12:40)ということでした。これは明らかにイエス・キリストの十字架と復活を指し示したしるしです。イエス・キリストの十字架と復活こそ、私たちが神様を知り、神様に近づく唯一のしるしだと宣言されたのです。
 今の時代は、本当に不確かな時代で、多くの人が必死に何かを求めているのではないかと思います。そんな中、本日の律法学者やファリサイ派の人々のように、確かなものを、確かなしるしを求めている私たちがいるのだと思います。そんな中、私たちの周りには、様々なしるしがあるかも知れません。目を奪うようなしるしで私たちの心を惹きつけようとする人がいるかも知れません。しかし、その中で、私たちが心に刻んでいきたい確かなしるしは、イエス・キリストの十字架と復活のしるしです。ここに私たちが神に捕らえられ、救われる、何よりも確かなしるしがあるのです。私たちが、このイエス・キリストの十字架と復活のしるしに出会っていく時、私たちの内に何かが起こる・・・。何かが変えられていくのです。

                         (鈴木 牧人)
 
                

 

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