日本バプテスト連盟  姪浜キリスト教会

2015年6月7日の礼拝メッセージから

「外にいたら会えません」

マタイによる福音書12章46〜50節


 本日の箇所には、イエス様の母マリアとイエス様の兄弟たちが、イエス様を訪ねてやって来た様子が記されています。しかし、彼らがイエス様のもとに使いにやって、イエス様に出てきてくれるよう頼んだところ、イエス様は「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか。」(12:48)と言って出てきてくれなかったのでした。イエス様は、何故このような態度をとられたのでしょう。色々な理由が考えられるかも知れませんが、何よりもまず、そもそも、マリアやイエス様の兄弟たちが何故、イエス様のもとにやって来たのかということについて考えてみたいと思います。聖書には、イエス様がナザレに伝道をしにいかれた記述が記されています。しかし、ナザレでの伝道は、散々でした。ナザレの町の人々は、小さい頃から知っているイエス様を見て、「あいつは大工のせがれじゃないか」と言い出したり、イエス様に対して、「他の町での噂は聞いているぞ、他でこんな凄いことをしたんなら、自分たちのところでもしてみせろ」と詰め寄った様子が記されています。そんなふうに、ナザレの町の人々は、イエス様を信じ、従おうとしませんでした。イエス様はその様子を嘆かれているのですが、きっとこの時、マリアやイエス様の兄弟たちも色々なことを言われたのではないかと思います。「お宅のところの息子さんは、大工なのに、最近、何か訳のわからないことを始めたようだけど、大丈夫なの?」。そんなことを言われて、マリアたちは戸惑ったりしたのではないでしょうか。加えて、イエス様に対して、酷い言葉で中傷する人たちも登場していました。イエス様が悪霊に取りつかれた人を生かした際には、「イエスは悪霊の頭の力で悪霊を追い出している」と言って中傷したのです。そんな言葉もマリアたちの耳に届いたりしたのではないでしょうか。それを聞いたマリアたちは、ますます心配になったのではないかと思うのです。いずれにしても、本日の箇所で、マリアたちがイエス様に会いに来た理由について考える時、必ずしもイエス様が懐かしいからとか、イエス様を応援するためにやって来たという理由だけではなかったのではないかと思います。イエス様がなさっていたことを心配し、福音宣教に水を差しに来たとか、そういうことも十分考えられるのです。
 そのように考えながら、本日の箇所を読む時、印象深く迫るのが、12:47の御言葉です。「そこで、ある人がイエスに、『御覧なさい。母上と御兄弟たちが、お話ししたいと外に立っておられます』と言った」(12:47)。この御言葉の「母上と御兄弟たちが外に立っておられます」という言葉が心に迫ります。彼らはこの時、身体がそうであったと共に、心もイエス様から離れた「外に立っていた」のではないでしょうか。イエス様との間に距離が生じ、相容れない溝のようなものが生じながら、イエス様に対して「外に立っていた」のです。しかし、マリアたちが、外に立ち続けていては、分からないことがありました。見えてこないことがあったのです。イエス様は人々に「わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である」と語りました。マリアたちも、イエス様から外に立つことを辞めて、イエス様と共に父の御心に生きようとする時、見えてくることがあったのです。

                         (鈴木 牧人)
 
                

 

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