日本バプテスト連盟  姪浜キリスト教会

2015年6月21日の礼拝メッセージから

「耳のある者は聞きなさい」

マタイによる福音書12章46〜50節


 本日は、沖縄を覚える礼拝を行なっています。6月23日は、沖縄戦終結である「慰霊の日」であり、日本バプテスト女性連合は、この日を「命どぅ宝の日」としています。私たちもこの日、沖縄を覚え、現在も沖縄を取り巻いている様々な問題について心に刻みながら、御言葉に聞き、主に祈り、礼拝を献げていきたいと思います。
 先日、沖縄の教会の牧師のお連れ合いとお話した時、こんなことがありました。私が会話の中でこんなことを言いました。「今年は戦後70年ですが、同じ戦後70年と言っても、本土と沖縄ではずい分感覚が違いますよね」。すると、その方が「沖縄にはね。そもそも今を戦後と思っていない人もいるのよ」とおっしゃったのです。私はそれを聞いて、ドキッとさせられました。沖縄は戦後、アメリカに統治され、本土復帰を果たした後、現在まで米軍基地のある日々が続いています。そんな中、「戦後」という言葉にさえ違和感を感じてしまう・・・。それほどに先の戦争の傷跡や戦争が残したものを引きずり続けている・・・。そういう思いを抱えた人が沖縄にはおられるのだと教えられたのです。それに比べて、福岡に住む私たちはどうでしょう。おそらく、「戦後」という言葉に違和感を感じるような人はほとんどいないのではないでしょうか。場合によっては、「戦後」ということすら、はるか遠くの昔になってしまっている感覚さえあるかも知れません。そんなことを思う時、沖縄の人たちとの余りの意識の違いというか、ギャップというものを感じさせられたのです。
 私たちは、テレビなどで、沖縄の問題として、基地問題が話題になっていることを耳にしたりします。世界一危険と言われている普天間の基地移設の問題だったり、そして、それに伴って起こっている辺野古の基地問題のことなどをニュースで聞きます。でも、これらの問題を私たちはどれほど深刻に受け止めているでしょうか。ニュースとしてある程度、聞いていても、肝心なことは分かっていなかったりすることもあるかも知れないと思うのです。そんなことを考えられながら、本日、ご一緒にお読みしたい聖書の御言葉が、マタイ13:9です。「耳のある者は聞きなさい」(13:9)。たった一言の御言葉ですが、この御言葉は、私たちに様々なことを語っているのではないでしょうか。イエス様は本日の箇所で私たちに「聞く者」となるように呼びかけておられます。しかし、私たちは、しばしば「聞く」ということを忘れてしまっていることがあるのではないでしょうか。「自分はもう十分だ」「自分は分かっている」という思いから、聞くことをおろそかにしてしまうことがあるように思うのです。本日、沖縄を覚える礼拝を献げるにあたって、何より「聞く者」とされていきたいと思います。沖縄の今の状況について考える時、「聞く者」とは逆の歩みに向かっているように思えてしまいます。問題の当事者である沖縄の人たちの声や思いを全く無視したところで、沖縄の様々な問題が論議され、決められてしまっているように思えるのです。私たちはそのような声に流されないように、沖縄の人たちの声をきちんと聞き取っていきたいと思います。そして、その声を受けとめつつ、信仰者として、御言葉を聞き直していきたいと思うのです。

                         (鈴木 牧人)
 
                

 

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