日本バプテスト連盟  姪浜キリスト教会

2015年8月30日の礼拝メッセージから

本当の言葉はどこに

マタイによる福音書14章1〜12節


 本日の御言葉は、領主ヘロデ・アンティパスにまつわる記述です。バプテスマのヨハネは、ヘロデの行いが間違っていると批判したことにより、ヘロデに捕らえられてしまっていました。そして、ヘロデの命により、処刑されてしまうのです。しかし、それは、本来、ヘロデが望んでいたことではありませんでした。ヘロデは、ヨハネを捕らえてはいましたが、心のどこかでヨハネに惹かれてもいました。聖書には、「ヘロデが、ヨハネは正しい聖なる人であることを知って、彼を恐れ、保護し、また、その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていた」(マルコ6:20)と記されています。
 本日の箇所を読む時、ここには「本当のことに生きられない世界」が展開されているのではないかと思います。何よりバプテスマのヨハネにとってそうでした。ヘロデの過ちを指摘したことで捕らえられてしまう・・・。ヨハネにしてみれば、正しいことを正しいとすることができない状況がありました。そして、それはヨハネだけではなく、ヘロデにとってもそうでした。ヘロディアの娘からバプテスマのヨハネの首を求められた時、本当は、それが間違っていると分かっていましたし、ヘロデとしてもそうしたくはなかったのですが、自分が正しいと思うことをできなかったのです。結局、ヨハネを処刑してしまいます。ここには、ヘロデにとっても、本当のことに生きられない世界が展開されているのです。
 そんな様子を見ながら、考えさせられます。時に私たちの世界にも、そういう現実を見せられることがあるのではないでしょうか。正しいことを正しいとすることができない・・・。それは様々な現実の中で起こります。しかし、その最たる場所こそ、戦争です。一たび戦争が起こると、正しいことを正しいとすることがどんどん通らなくなっていくのです。本当なら保障されるはずの権利も保証されなかったり「命を大切にする」ということが分かっていても、勝つために犠牲はやむを得ないのです。そんなふうに、大切なことがどんどん脇に追いやられてしまう・・・。それが戦争の現実なのだと思います。にも関わらず、さらにやりきれないのは、本来の正しさというものがどんどん脇に追いやられてしまう一方で、全く辻褄の合わないような、めちゃくちゃな理屈や、勝手で都合のよい正論ばかりが叫ばれてしまう・・・。そういう状況も、戦争の現実にはあるのではないでしょうか。
 そんなことを思う時、今の私たちの世界がどれほど恵まれているのかと思います。私たちは現在、それなりに私たちの意志で、間違っていると思うことを間違っている、正しいと思うことを正しいと声に出すことができるのだと思います。しかし、そういうことを言い辛くなっている現状もあるかも知れません。正しいことが分かっていても、色々な現状を見て「仕方ない」と口をつぐんでしまったり、気づかない内に流されながら、いつの間にか言いたいことが言えなくなってしまう状況があるかも知れません。しかし、その先には、たとえ一時の繁栄があっても、本当の喜びも祝福も平和もない、ヘロデの食卓のような世界を造りだしてしまうのではないでしょうか。改めて、イエス・キリストに聞いていきたいと思うのです。

                         (鈴木 牧人)
 
                

 

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