日本バプテスト連盟  姪浜キリスト教会

2015年9月6日の礼拝メッセージから

天国の食卓

マタイによる福音書14章13〜21節


 本日の箇所は、有名な「5000人の供食」と呼ばれる場面です。イエス様が、五つのパンと二匹の魚で、男性だけで5000人もいた人々のお腹を満腹させたという箇所です。イエス様は、ある時、人々に福音のメッセージを語ったり、病人を癒されたりしていました。やがて夕暮れ時になりました。すると、弟子たちは、「もう夕暮れですし、ここで人々を解散させましょう」と言い出します。この弟子たちの意見は、一見、もっともに聞こえる意見です。しかし、よくよく考えて思うのは、弟子たちが言うように、人々を解散させれば、彼らが自分たちで食べ物を手に入れることができただろうかということです。恐らく、解散させたところで、食べ物を手に入れることは困難だったろうと思うのです。にも関わらず、弟子たちは「解散させてください。そうすれば、自分で村へ食べ物を買いに行くでしょう」と語りました。そう言ったのは、弟子たちにしてみれば、そう言うしか仕方なかったからではないでしょうか。
 そんな弟子たちに対して、イエス様は、「行かせることはない。あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい」(14:17)と言いました。この言葉を、弟子たちはどんなふうに聞いたのでしょう。弟子たちとしても、イエス様のおっしゃっていることがもっともだと分かっていたのではないでしょうか。けれども、どうすることもできませんでした。ですから、「解散させましょう」というより仕方のなかったのです。それなのに、「あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい」と言われてしまう・・・。事情がよくよく分かっているだけに、イエス様の言葉は弟子たちに突きささったのではないかと思います。
 ただ、ここで覚えていたいことがあります。それは、イエス様は、ここで弟子たちに無理難題を押し付けて困らせようとしていたわけではなかったということです。何より、このようにおっしゃっていたイエス様は、御自身が責任をもってこの問題に関わってくださろうとしていました。そして、その解決の方法もご存知でした。実際、本日の箇所では、イエス様が全て先立って、目の前の問題を解決に導いてくださったのです。
 私は、このイエス様と弟子たちとのやり取りというのが、心に留まります。私たちの信仰の歩みでも、こういう経験をさせられることがあるかも知れません。目の前の課題を見た時に、自分たちではとても負いきれないと思うような事が、目の前に突き付けられるのです。自分としては、その問題に関わりたくなかったり、逃げ出したいと思ったりもします。しかし、それを無視できなかったり、「関係ない」とすることができない状況にいつの間にか置かれてしまうのです。それは、まるでイエス様から「あなたが関わりなさい」と言われているかのように思うような経験かも知れません。そういう状況に置かれる時、「イエス様って、酷な方だな」と思うことさえあるかも知れません。しかし、そんな思いにさせられる時、本日の御言葉を心に留めたいと思います。本日の箇所がそうであったように、イエス様は、私たちを働きへと召し出してくださると同時に、何より御自身が責任をもってその問題に関わってくださる方です。そして、その問題の解決をも、先立って拓いてくださるのです。

                         (鈴木 牧人)
 
                

 

       (TOPに戻る)

Copyright (C) 2001-2007 Meinohama Baptist Church. All Rights Reserved.