日本バプテスト連盟  姪浜キリスト教会

2015年9月13日の礼拝メッセージから

安心しなさい。わたしだ

マタイによる福音書14章22〜33節


 本日の箇所には、イエス様の弟子たちが、ガリラヤ湖の真ん中で激しい逆風に見舞われた様子が記されています。「ところが、舟は既に陸から何スタディオンか離れており、逆風のために波に悩まされていた」(14:24)。ここには、弟子たちが「逆風のために波に悩まされていた」と記されていますが、弟子たちはこの時、どんなことで悩まされていたのでしょう。
 まず思うのは、「逆風に見舞われたこと」でした。すみやかに向こう岸に行こうと思っていたのに、逆風に遭い、自分たちの思い通りに舟が進まない・・・。それどころか、舟自体大きく揺さぶられ、舟が転覆してしまうかも知れませんでした。そんな問題だらけの状況に悩まされていたのです。また、逆風に置かれながら、他の様々なことも彼らの中で悩みの種となったのではないでしょうか。たとえば、舟が陸からずい分離れてしまっていたことが挙げられます。陸から離れた沖合に来てしまっていましたから、自分の足では立てなくなっていました。目の前の事態を自分たちではどうすることもできなかったのです。また、弟子たちが舟で湖を渡っていた時間帯についても考えてみたいと思います。おそらく、弟子たちは夜中に舟に乗っていたのだろうと思います。そこは真っ暗で先が全く見えないような世界でした。そのことも彼らを悩ませるものとなっていったのではないでしょうか。あるいは、夜ですから、弟子たちも大変疲れていたのだろうと思います。そういう疲労も、彼らの悩みを深刻にさせていたかも知れません。また、この舟にはイエス様が乗っておられませんでした。そのことも彼らの不安や心細さを駆り立てたのではないでしょうか。最後にもう一つ思うのは、彼らはそもそも、イエス様に命じられて舟を漕ぎ出していたということです。せっかく、イエス様に従ってきたのに、何で?自分たちがそれまで信じてきたことが根底から揺さぶられたかも知れないと思うのです。
 そんな色々なことを挙げながら、ふと思います。ここで弟子たちを悩ませていることというのは、私たちが時々に悩まされていることと重なってくるのではないでしょうか。私たちも時に、「逆風」に悩まされていないでしょうか。思いもよらないトラブルや問題に見舞われながら、色々なことが上手くいかなかったり、中々前に進まなかったりすることがあるのではないかと思います。あるいは、陸からだいぶ離れた沖合に来ていた弟子たちのように、自分が置かれている現状を思う時、自分の力ではどうにもならない状況に立たされてしまっていることがあるかも知れません。これからのことを見据えようと思っても、先々のことが分からず、まるで自分が真っ暗な闇の中に置かれているように思えてしまうことがあるかも知れません。加えて、疲れていたり、自分が孤独に思えたり、自分の信じているものが分からなくなってしまうこともあるかも知れません。私たちがもしも、そのようなことに悩まされているとするなら、本日のイエス様の御言葉を心に留めていたいと思います。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」(14:27)。この御言葉は、私たちにも呼びかけられています。私たちの平安は、このイエス様の呼びかけを聞くことから始まるのです。

                         (鈴木 牧人)
 
                

 

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