日本バプテスト連盟  姪浜キリスト教会

2016年1月17日の礼拝メッセージから

ヨナのしるし

マタイ16章1-4節


 イエス様は本日の箇所で「あなたたちは、夕方には『夕焼けだから、晴れだ』と言い、朝には『朝焼けで雲が低いから、今日は嵐だ』と言う」(16:2-3b)とおっしゃいました。この御言葉を読む時、小さい頃、母親が私に綺麗な夕焼け空を見て、「今日は夕焼けがキレイだから明日は晴れかな?」と言っていたことを思い出します。今から2000年前の人たちも同じようなことを言っていたのだなと思うのです。こういう言葉というのは、天気予報などない当時の人々にとって、大切な庶民の知恵だったのではないでしょうか。今もそうですが、当時の人たちにとって、明日の天候がどうなるのかということは、それぞれの生活や仕事にも大きく影響をもたらすこととなったのだと思います。そんな中、人々は様々な知恵を用いて、空模様を見分けようとしていたのです。そんな人々に対して、イエス様は「あなたたちはあれこれ空模様を気にしているし、実際に空模様を見分ける知恵を持っている。けれども、あなたがたは肝心な時代のしるしを見ていないじゃないか。」そのように言われたのです。
 私が以前、会社務めをしていた時、職場でお世話になった先輩が、株取引が好きでした。その先輩は休み時間になるといつも新聞を広げて、新聞の株価の欄をじっと見ていました。そして、自分で買った株がどうなったのかを見ては、喜んだり、落ち込んだりしていました。その影響を受けて、私もついつい新聞の株価の欄に目がいくようになったのですが、株価などを見ていると、本当に「空模様」のように思えることがあります。昨日は価格が上がったり、今日は下がったり、明日はどうなってしまうか分かりません。その時々で、良くなったり、悪くなったりするのです。そして、その「空模様」は、私たちの生活に直接響きます。空模様が晴れるように、景気が晴れるなら、私たちの日々の生活も明るくなっているように思えますし、景気に暗雲が立ち込めるなら、生活もどんよりしてしまうのです。そんなふうに、株価の動向というのは、ある意味、現在の「空模様」と言えるのかも知れないと思います。そして、そのような「空模様」を多くの人が見分けようとしているのだと思いますし、そういうことに長けている人もたくさんいるのだと思います。そんな私たちに、本日の箇所の御言葉は大切なことを問うているのではないでしょうか。
 色々な形で、つい目先の「空模様」に目が奪われ、右往左往していたり、上手くやろうとしてばかりいる私たちがいます。しかしその一方で、肝心なことが見えなくなったり、自ら蓋をしてしまったりしながら、その時その時の都合のいい歩みに流されてしまおうとする私たちがいたりしないでしょうか。そんな私たちに本日の御言葉は語りかけられているのではないかと思うのです。私たちの歩みが本当の意味で整えられ、真実の歩みを踏み出していくためには、ヨナのしるし、イエス・キリストの十字架と復活を見据えること、見上げることが必要なんだ・・・。その十字架と復活に砕かれながら、神の憐れみと救いに生かされる時、私たちは本当に大切なものを見いだし、大切な一歩を踏み出すことができるのだ・・・。そのように招かれているのだと思います。

                         (鈴木牧人)
 
                

 

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