日本バプテスト連盟  姪浜キリスト教会

2016年1月24日の礼拝メッセージから

パン種に注意しなさい

マタイ16章5-12節


 本日の箇所に記されているのは、イエス様と弟子たちとのやり取りです。弟子たちはイエス様に従い、向こう岸までやって来ました。すると、その途上で、自分たちがパンを持って来るのを忘れたことに気づいたのです。見も知らない土地で、肝心な食料を持って来るのを忘れ、弟子たちはパンを忘れたことで頭が一杯になっていました。すると、イエス様が弟子たちに「ファリサイ派とサドカイ派の人々のパン種によく注意しなさい」(16:6)と言われたのです。すぐに弟子たちの脳裏に浮かんだのは、自分たちが忘れてきたパンのことでした。「イエス様は自分たちの失敗を見抜いてこんなことを言われたんだ」「イエス様は全てをご存じだ」そんなふうに考えたのだと思います。そして、あたふたと論じ合っていたところ、イエス様は弟子たちに対して「信仰の薄い者たちよ、なぜ、パンを持っていないことで論じ合っているのか」(16:8)と諭されたのでした。
 本日の箇所には大事なパンを忘れたり、イエス様のおっしゃったことを勝手に勘違いしてしまっている弟子たちが記されています。そんな姿を見る時、微笑ましく思えます。しかし、一方でそんな弟子たちの姿を見ながら、私たちもこんなふうにイエス様の言葉を聞いてしまっていることがないだろうかとも思います。本日の箇所は、言うなれば「伝言ゲーム」です。イエス様の言葉を聞きながら「パン」という単語だけに反応して勝手にイメージを膨らませ、「自分たちがパンを持って来ていないからイエス様はこんなことをおっしゃっているんだ」と勘違いしてしまい、イエス様がおっしゃりたかったことと全く違う仕方でメッセージを受け取っているのです。私たちもそんなふうにイエス様の言葉を受け取ってしまっていることはないでしょうか。私自身、そんなことがあるんじゃないかと思います。そして、そんな自分を思いながら心に留まったのは、弟子たちがイエス様の御言葉をもう一度聞き直したことでした。弟子たちは最初、イエス様からの忠告をイエス様の思いとは全く違う形で受け取っていました。しかし、そんな様子をご覧になられたイエス様は、もう一度弟子たちにお話しくださったのです。こうして彼らはイエス様の言葉を聞き直すことになりました。そして、弟子たちはイエス様が「パン」の話をしているのではなくて、「ファリサイ派とサドカイ派の人々の教え」のことを話しておられるのだということを悟ったのです。そのように弟子たちはイエス様の言葉を聞き直すことにより、イエス様の御心をきちんと知ることができたのでした。私たちもそのような作業が必要なのではないかと思います。御言葉を一度聞けばいいということではなく、聞き直すこと、もっと言うならば、聞き直し続けることが必要なのではないかと思うのです。聖書のメッセージというのは、一度聖書を読んだから「大丈夫!」とか、「分かった!」というものではありません。本日の弟子たちのように、自分勝手な思いで聞いていることがあるのです。そんな中、私たちは御言葉に聞き直し続けるということが必要なのだと思うのです。そして、実際に私たちが御言葉から聞き直していく時、私たちは御言葉との新しい出会いを絶えずしていくことができるのです。

                         (鈴木牧人)
 
                

 

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