日本バプテスト連盟  姪浜キリスト教会

2016年1月31日の礼拝メッセージから

あなたはメシア、生ける神の子

マタイ16章13-20節


 本日の箇所に記されているのは、ペトロの信仰告白です。この信仰告白は、フィリポ・カイサリアというところでなされました。フィリポ・カイサリアは、ガリラヤ湖から見て北側にある町で、ヨルダン川の4水源の一つに位置しました。ここには、山々からの地下水が湧き出る場所がありました。ここからガリラヤ湖に水が流れ、ヨルダン川を通り、死海に流れついていたのです。私は以前、ここに行ったことがあります。その時、ガイドさんから色々なことを教えていただきました。フィリポ・カイサリアというのは、以前、パニアスという名前で呼ばれていたそうです。ギリシアの牧羊神パンにちなんでいるとのことでした。自然豊かなこの地は、牧羊神パンに祝福されていると考えたのです。しかし、この町の名前はやがて、フィリポ・カイサリアと改めることになりました。イエス・キリストの時代、この地の統治していたフィリポが、皇帝(カイザー)に敬意を表す意味でフィリポ・カイサリアと改めたのです。その名残が今も残っています。ガイドさんにフィリポ・カイサリアに連れていってもらった時に、パンの神を祀っていた祠に案内してもらいました。しかし、そのそばには皇帝崇拝の場所がありました。そんなふうに、パンを祀る祠と、肯定崇拝の場所が、同じ場所にある・・・。何とも奇妙な場所がフィリポ・カイサリアでした。本日の箇所を読む時、「何でイエス様はこんなところで信仰をお尋ねになったのだろう?」と思ってしまいます。ペトロにとって、こんな場所でイエス様への信仰を告白することは、しづらかったのではないかと思うのです。しかし、一方で思うことがあります。それは、むしろこういうところだったからこそ、イエス様はペトロに信仰をお尋ねになったのかも知れないということです。
 本日の箇所を読みながら思います。ペトロが本日の箇所で、イエス様に対して、「あなたはメシア、生けるキリストです」と告白した時、ペトロの心には色々な思いが交錯していたのではないでしょうか。その中で信仰を告白したのです。信仰告白とはそういうものかも知れないと思います。もちろん、全くぶれることなく、真っ直ぐな思いでイエス・キリストへの信仰を告白することもあるのだと思います。しかし、色々な思いを抱えつつ、その中で「あなたはメシア、生けるキリストです」と告白することもあるのではないでしょうか。信仰告白とは選び取りであり、決断です。色々な声が周りから聞こえ、色々な思いを抱えながらも、その中で「自分はこれを信じていくんだ」と決断していく、選び取っていく、信仰告白にはそのような時があるのだと思うのです。よく「マリッジブルー」という言葉を耳にすることがあります。それに似た形で、クリスチャンになろうとする時も、「バプテスマブルー」というものがあるのではないかとおっしゃっていた人がいます。バプテスマを受けることを決めたのですが、いざ受けるとなった時に、心揺れるのです。私たちは、時にそんなふうに複雑な色々な思いを抱えながら、バプテスマまで備えていくということがあるのです。信仰というのは、そういうものだと思います。様々な状況を通り、色々な思いを抱えつつも、「自分はこれを信じていくんだ」と決断していく・・・。選び取っていくのです。

                         (鈴木牧人)
 
                

 

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