日本バプテスト連盟  姪浜キリスト教会

2016年4月17日の礼拝メッセージから

命にあずかる方がよい

マタイ18章6−9節


 本日の箇所に記されているのは「つまずき」です。この箇所を読む度、ドキッとさせられます。イエス様は、イエス様を信じる小さな者の一人をつまずかせる者は、大きな石臼を首に懸けられて、深い海に沈められる方がましだとおっしゃいました。この御言葉から、自分自身が問われているように思いました。「自分のふるまいが、誰かの妨げやつまずきになっていないだろうか」「自分はそういうことをどこまで真剣に重く受け止めているだろうか」そんなふうに思わされたのです。「誰かをつまずかせる」ということで思い出すことがあります。連盟の中に、「障害」者と教会委員会という働きがあるのですが、この委員会ができあがった一つのきっかけは、「一人の青年のつまずき」でした。身体に障害を持つ青年が、教会を訪れ、礼拝にあずかろうとしたのですが、その教会で非常な疎外感を味わいました。それを連盟に訴えたところ、この問題を重く見た連盟が、委員会を立ち上げることとなったのです。委員会では、障がいを抱えた人も、そうでない人も、共に隔てなく礼拝に与れることを目指して活動を続けています。私は委員会に関わりながら、「隔てを取り除く」ということについて考えさせられました。たとえば、視覚障がいの方を教会でお迎えするとするなら、具体的なあり方として点字の聖書や讃美歌を備えつけておくことが必要になってきますし、車いすの方をお迎えするなら、段差をなくした建物を考えたり、ユニバーサル仕様のトイレなどが考えられます。そんなふうに、障がいを抱えた人を教会にお迎えするという時、口で「誰でもどうぞ」ということで終わる話ではなく、具体的な形を通して、その思いが相手に届くのです。そして、さらに考えられたのは、障がいを抱えた人というのは、一人一人千差万別だということです。同じ障がいの課題を抱えている人でも、悩んでいることだったり、考え方は一人一人違うのです。そんな中、問題解決を一緒くたに「こうすればいい」ということにはいかないのです。そんな実情を知らされながら、つくづく教えられたのは、障がいの問題のつまずきを乗り越えていくために、何より障がいを抱えた当事者の人たちの、「その人自身の声」に耳を傾けていくことが大事なんだということでした。お一人お一人の声を聞き、その中で、自分たちができることを対応していく・・・。その対話を丁寧にしていくことが、隔てやつまずきを取り除くためにとても大切なのだと思うのです。
 本日の箇所から「つまずき」について考えされられながら、そのようなことを思いました。この世界にあって、つまずきはどうしても避けられません。しかし、つまずきを乗り越えることはできるのではないでしょうか。そのために、私たちは何よりつまずかされてしまっている人たちの声に、丁寧に耳を傾けていくことが必要です。また、つまずいている人の声を聞けばそれで終わりではありません。それだけでは、教会にはならないのです。目の前の人の声に聴き、その声を大切にしつつ、同時に、その人と共に御言葉に耳を傾けていくのです。聖書の言葉は何を指し示しているのかを聞いていくのです。そんな中、自分たちは教会として、どこに立とうとしているか確認していくことが大切なのです。

                         (鈴木牧人)
 
                

 

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