日本バプテスト連盟  姪浜キリスト教会

2016年6月5日の礼拝メッセージから

らくだのように大きなもの

マタイ19章23−30節


 本日の箇所で、イエス様は、「金持ちが天の国に入るのは難しい」(19:23)と言われました。弟子たちはイエス様の言葉に非常に驚きました。当時の人々は、裕福であること、それ自体が、神様から祝福された証だと考えていましたから、当然、彼らこそ、天の国にも近い存在と考えていたのです。イエス様の言葉は、弟子たちにとって、これまで考えてきた価値観がひっくり返されるような言葉でした。しかもイエス様は、このことを「はっきり言っておく」とか、「重ねて言うが」と大変強調した形で、繰り返されたのでした。
 本日の箇所を読みながら、思うことがあります。それは、極論を言うならば、神様は、金持ちであろうか、貧しい人であろうが、どんな人でも等しく、天の国に招いてくださっているということです。神様は、わけ隔てすることなく、金持ちであっても、貧しい人であっても、立派な人であっても、愚かな罪人であっても、どんな人でも等しく救いへと招いてくださっているのです。それは、福音の大切なメッセージなのだと思います。しかし、そのことを踏まえつつも、本日のイエス様のメッセージから考えるべきことがあります。それは、私たちというのは、色々とたくさんのものを持ちすぎてしまう時、時に、本当に大切なもの、肝心なものが見えなくなってしまうということです。イエス様が招いてくださっている救いのメッセージもぼやけてしまうのです。自分にはイエス・キリストが必要だということ…。自分がイエス・キリストがいなくては生きられないということ…。そのことが何よりかけがえのないこと…。そういうことがぼやけてしまうのです。そのように、本日の箇所の「金持ちが天の国に入るのは難しい」という言葉は、「金持ちにはそういう資格がない」という話ではないのだと思います。むしろ、私たちが豊かになって、色々なものを持っていると、肝心なことが分からなくなり、天の国を見いだすことが難しくなってしまう…。そのようなメッセージなのではないかと思うのです。
 本日の箇所を読みながら、改めて、自分にとって最も大切なものなものは何か考えさせられました。先日、セベイさんのバプテスマが行なわれました。バプテスマというのは、私たちにとって、大切な信仰の原点を見つめなおす時だと思います。セベイさんのバプテスマが行なわれた後、何人かの方から、「セベイさんがバプテスマを受けたことは、セベイさんが命の書に名前が書かれていることなんですよ」と声をかけていました。その話を聞きながら、改めて、私たちにとって、最も大切なこと、何よりかけがえのないことがここにあるんだなと思いました。私たちは、イエス・キリストを通して、天の国への救いへと招かれています。バプテスマを通して、天の国の命の書に名前が書き記されていくのです。私たちには、このイエス・キリストが必要だということ、イエス・キリストがいなくては生きられないということ…。このことこそ、私たちにとって、他の何にも変えられない、かけがえのないことなのだということを心に刻んでいきたいと思います。

                         (鈴木牧人)
 
                

 

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