日本バプテスト連盟  姪浜キリスト教会

2016年7月10日の礼拝メッセージから

主の日の楽しみ

詩編92編1〜16節


 詩編92編の1節には、「賛歌。歌。安息日に。」とあります。「安息日」、つまり日曜日の「主の日」の詩です。
 イスラエルの人々にとって安息日は、1年の中で最も聖なる日とされています。安息日には一切の労働が禁じられており、この世のしがらみから解放され、平穏の内に、家族や友人との分かち合いを喜ぶ時となっています。
 しかし私たちの現実は、様々な事情で毎週の礼拝に来ることができなかったり、平安のうちに主の日を過ごす事ができない事があります。私は以前航海士をしていましたが、乗船期間は数ヶ月船から降りられず、日曜日の休みもありません。日曜日には、わずかな時間に1人で礼拝をしていました。船内では声をあげて賛美歌を歌うこともできず、説教を聞くこともできません。乗船中の私は御言葉に飢えていき、そして自分の信仰が薄れてきているようにさえ思いました。休暇になって船を降り、久しぶりに教会に行って礼拝を捧げた時、飢え乾いていた私の心は満たされました。声を出して賛美歌を歌い、司式者のお祈りに心あわせ、主の語られるメッセージを聞くことができる、そんな当たり前の礼拝が、本当に嬉しい主からの恵みであり、特別なものなのだと気づきました。
私たちは主の日の礼拝を守ることで、日常の慌ただしさの中、見失っていたものや忘れていた思いに気づき、取り戻すことができるのではないでしょうか。礼拝を守ることで、疲れてすり減っていた心が回復し、霊に満たされ励まされて、信仰が守られるのだと思います。
 本日の箇所には「いかに楽しいことでしょう 主に感謝をささげることは/いと高き神よ、御名をほめ歌い/朝ごとに、あなたの慈しみを/夜ごとに、あなたのまことを述べ伝えることは」とあります。主に感謝をささ、主の御名を褒め歌い、そして主の慈しみとまことを述べ伝えることが、「いかに楽しいことでしょう」と、これ以上ないほどの喜びをもって書かれています。私たちも主の日の礼拝で、主に感謝をささげ、賛美歌をもって御名をほめ歌います。そして語られる主の慈しみとまことを聞き、また述べ伝えています。このことこそ、私たちの喜びであり、信仰生活の中心なのだと思います。そして主は、困難の中にある私たちをも、この喜びに招いてくださいます。私たちは主の日の度に「いかに楽しいことでしょう」と、喜び歌い礼拝する群れでありたいと願います。

                         (安里神学生)
 
                

 

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