日本バプテスト連盟  姪浜キリスト教会

2016年8月21日の礼拝メッセージから

『いやです』とは言ったものの

マタイ21章28〜32節


 本日の箇所には、お父さんと二人の兄弟のたとえが語られています。お父さんが二人の息子に「子よ、今日、ぶどう園へ行って働きなさい」と言ったところ、お兄さんの方は「いやです」と答えました。しかし、後で考え直して出かけたのです。これに対して弟は、「お父さん、承知しました」と答えたにも関わらず、出かけなかったのでした。本日の箇所を読みながら、印象に残った箇所があります。それは、お兄さんが、お父さんに対して、「いやです」と答えた後、「後で考え直して出かけた」(21:29)という箇所です。ここでお兄さんは、どんなことを考えたのでしょうか。
 最初に思ったのは、このお兄さんが、「いやです」と言った後、冷静になって、一人物事に向き合っている姿でした。最初は自分の中に湧き上がる感情のままに、「いやだ」と言ってしまったけれど、後でよくよく冷静に考えてみたところ、「やっぱりぶどう園に行かなければいけない」という思いが湧き上がり、ぶどう園に行くことにしたのかも知れないと思いました。
 しかし、こうも思いました。私たちというのは、いつも、そんなふうに自分一人で冷静に向き合って、心を軌道修正することができるでしょうか。自分自身のこととして思うのです。自分一人だけで考えている時というのは、中々、考え直すこともできず、自分の考えに凝り固まってしまうことの方が多いのではないでしょうか。そんな自分のことを思いながら、「考え直す」という状況の中で、もう一つ考えたのは、「出会いを通して考えが変えられる」状況でした。そういうことってあるのではないでしょうか。自分の中で、「こうだ」と思っている考えがあります。しかし、そのような考えが、色々な出会いを通して、変えられていくということがあるのだと思うのです。
 最後にもう一つ、このお兄さんが考え直した状況として思うことがありました。それは、「嫌だな」「したくないな」と思いつつ、自分の過去の失敗や苦々しい経験を経て、「あのような失敗を犯さないために、やっぱりこうしなければいけない」と考え、踏みとどまったり、立ち帰ったりする姿です。
 実際、思うのです。本日のたとえでイエス様が「お兄さん」に例えたのは、徴税人や娼婦たちでした。彼らは何故、お兄さんのように考え直し、神様に悔い改め、従うようになったのでしょうか。彼らはまさに先ほどの状況のように「考え直した」のだと思います。徴税人や娼婦たちは、何よりかけがえのない「出会い」を経験したのだと思います。バプテスマのヨハネとの出会いや、イエス様との出会い…。そのかけがえの出会いを通して、彼らの思いは変えられていったのだと思います。また、彼らはこれまで、たくさんの苦々しい経験、失敗の経験をしてきたのだと思います。そんな中、「もうこういう思いがしたくない」そんな思いもたくさんしたのだと思います。そういう思いを自分の中で色々と思いめぐらせながら、「自分と向き合った」のだとも思います。そんな色々な思いを通らされながら、彼らは最終的に悔い改め、神様に従う歩みに導かれていったのではないかと思うのです。

                         (鈴木牧人)
 
                

 

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