日本バプテスト連盟  姪浜キリスト教会

2016年11月6日の礼拝メッセージから

ヨセフが遺したもの

創世記50章22〜26節


 本日の箇所には、ヨセフの最後の記述が記されています。旧約聖書には、様々な偉業をなしとげた人物の記述が記されていますが、その中でも、ヨセフが成し遂げた働きというのは、抜きに出ていると思います。ヨセフは単身、エジプトに来て、文字通り、裸一貫で、エジプトの宰相にまで登りつめました。名宰相として、エジプトのファラオに仕え、その聡明な知恵で、エジプトを世界的飢饉から救い、ファラオの王座を確固たるものにするために尽力するのです。ヨセフは、飢饉に苦しんでいた自分の家族をも救いました。ヤコブたち一族を救い出し、彼らにエジプトでの安住した暮らしを提供したのです。当時、エジプト人にとって、ヘブライ人は田舎者で、軽蔑されていましたが、ヘブライ人であるヤコブの一族に、ヨセフは特別な地位を与えました。このように、聖書に記されている記述の中でも、ヨセフがなした功績は計り知れないものでした。そして、彼は多くのものを後の世代の人たちに遺していくことになりました。本日の箇所にも、ヨセフを取り囲む祝福の情景が記されています。
 偉大な業を成し遂げ、後の世代の人たちにたくさんの遺産を遺すことになったヨセフ…。イスラエルの人々は、その遺産を受け継いで、未来永劫安泰であるかに見えました。しかし、その後、状況が一変してしまいます。出エジプト記1:6-14には、ヨセフが亡くなった後、「ヨセフのことを知らない新しい王が」(出エジプト記1:8)現れ、「イスラエルの民が自分たちにとって脅威だ」と言い始めたことが記されています。すると、イスラエルの人々の置かれた環境は一変し、ヨセフがいた時に味わっていたようなエジプトでの夢のような生活は全て失われてしまい、奴隷としての生活を余儀なくされてしまったのです。
 私はこの記述を読む時、本当に胸を痛めます。しかし、ここには私たちが時々に目にする生々しい現実が記されているのではないでしょうか。時代の変化の中には、こういうことが起こり得るのだと思います。そこでは様々なものが変わってしまいます。私たちが今、価値あるものだと思っていても、全く価値を失ってしまうこともあるのです。聖書の記述を読む時、ヨセフのしたことは一体何だったのだろうと思ってしまいます。しかし、私たちは本日の箇所からぜひとも覚えていたいことがあります。確かにヨセフが遺したたくさんの遺産や、イスラエルの民のエジプトでの社会的地位は時代の流れと共に失われてしまったかも知れません。しかし、たとえそうであったとしても、それでもなお、ヨセフは後の世代の人たちに遺していったものがあったのです。それは、何よりもヨセフの遺した遺言でした。「神は、必ずあなたたちを顧みてくださいます。そのときには、わたしの骨をここから携えて上ってください」(50:25)。ヨセフが亡くなる間際に遺したこの御言葉、神がイスラエルに語った約束の言葉、信仰の言葉だけが、ヨセフの後の世代の人々に遺されていったのです。そして、その言葉は、時代が変わり、苦しみの時を通らされる中でも、イスラエルの民にとって、希望のメッセージになっていきました。それから数百年後、モーセによって、イスラエルの民がエジプトから出ていった時、モーセはヨセフの骨を携えて出て行ったのです。

                        (鈴木牧人)
 
                

 

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