フォトアトリエ 臥遊

ホームページのアドレスが変更になりました
5秒後に自動で切り替わります

もし切り替わらない場合は以下のアドレスをクリックしてください
http://atelier-gayu.xii.jp


そこでは、すべてが静けさにひたされており、それは、何ものにも支えられない、
あるいは少なくとも、透明な池の水と空気の層以外に支えるもののない世界の静けさだった。
そんな、この世と思われぬ広がりの上に浮かんで、一艘の小舟が、じっと動かず、まるで中吊りになっているようだった。
その舳先に、一人の釣り人が、軽やかな波間にしなやかな竹の竿をのばしていた。
岸は、空とその波の観念との間に引かれた一本の線だけで表されていた。
けれど、もしその線がなかったら、水も空気も見えなかっただろうと思われた。
地平線のないこの構図の国に、必要な二つの要素を想像するには、それで充分だったが、
そこにはなお何本かのくっきりした線が、水の上の忘我と旅とを、間接的に、想起させていた。
ぼくは、穏やかにこの構図の虜になっていった。このおそらく想像上の土地―落ち着いた空にまで高められた営みと、
その天空の営みの晴朗さにぴったり一致した聡明さとの間の、ほどほどの高みに休らっているその風景を見ていると、
それまで見つけることのできなかった、休息の理想の場を、ついに発見したような気がした。
少なくともぼくは、これまで長い間、苦しみながら、むなしくそのような場所を探し求めて来たのだった。
それが、そこにあった。その危うい紙葉の表に、「智慧」というものの、稀な、
そして本当にわずかな線で描かれたしるしでそれが示されているのを、目にしているのだった。
水と空気の、いずれ劣らぬ澄明さを持った均衡が、そこに秩序を保っていた。
人はそこで落ち着いて夢を、想念を、説いていた。そして、この世界の半透明さゆえに、
微風の中にも波の中にも、夢や想念が生まれてくるのをまのあたりに見ているのだ。
しかし、その平穏ぶり、その透明さ、は説明を拒んでいた。
それらの夢や想念の性質も完成度も、土から生まれたあらゆる知性を超えていた。
そして、それらの存在は、可能な生の現実のかたちというよりも、むしろ、その予兆だった。その存在のあたたかさが感じられた。
しかしまた、人間が近づきそうな現実のはるかな周縁部の、遠い泉を感じさせた。
そこで、いいようのない存在の力が、その霊的で純粋な放射物をまきちらしていた。
しかしそれはもっと遠いところからやって来ていた。それは、無限なるものの、夜明けであり思い出だった・・・


*1 Henri Bosco  L'Antiquaire 1954 天沢退二郎訳 河出書房新社 抜粋











自然の鉱物である銀にのこされた光の陰影だからこそ、
オブジェを非存在から存在へと導き出すことができるのです。
かつてそこに存在した魂は今も生きていて、いつでも出会うことができる
何億光年を経て夜空に到達する星のように・・・
あの日、あの時、二人で見た同じ情景が






写真工房/L`atelier de photo noir et blanc


クラシックカメラで記念撮影





お部屋に飾るシルバーの花
ハンドメイドのモノクローム写真









カメラ工房/First CameraWorks
これからずっと...
道具としてのクラシックカメラは
いぶし銀のような使い込まれた美しさ





修理を代を重ねて続けられるのは
何よりもカメラが好きだから









革工房/L`atelier du cuir 
わずかに残った日本のベルト職人のカメラストラップ
あなたが最後のお客様になるかもしれない


カメラが貴重品だった時代
革ケースは守り神でした
この優しい感触をもう一度今に






お知らせ


■ホームページアドレスが変わりました。このホームページは旧アドレスのものです。


 


■展示会のご案内


展示会は準備中ですが、次期展示まで特にテーマは絞っておりませんが、
法華道周辺(長野県)等のモノクローム写真を展示中です。


 






フォトアトリエ臥遊/モノクロフィルム写真工房 ・ カメラワーク/クラシックカメラ工房


電話042-381-6049/ お問い合わせ