2009.1.3
(上巻カバー)戦後日本の復興に情熱を燃やし、新聞・放送・テレビの世界を縦横に疾駆したあるマスコミ人の回想録。昭和21年、馬場恒吾社長を担いで第二次読売争議を終結させた著者は、多重通信システムの革命的発展という気宇壮大な構想の下、テレビ時代の創造に全力を傾ける−。
(下巻カバー)ニュー・メディアの導入、原子力の平和利用、ゴルフ・ブームの演出−。正力松太郎を戴き、卓越した企画力と日米に渡る人脈を駆使して、著者は新しい時代の創造に挑み続ける。政・官・財界の大物たちが織りなす白熱の戦後史の知られざる事実を明らかにする、一快男児の回想。




 以前に佐野眞一著『巨怪伝』にて正力松太郎の巨大な影響力と、その構想を作った軍師たちを読んだが、その最大の人物として柴田秀利氏が描かれていた。以来、柴田秀利氏について知りたいものだと思っていたのだが、漸く読む機会を得た。巨怪伝にせよ本書にせよ、自分としては大東亜戦争敗戦後、GHQ占領政策下、GHQの左派、極東委員会らによって赤化され、荒廃しつつあった時期に、三田村武夫氏(『大東亜戦争とスターリンの謀略』)からコミンテルンの敗戦謀略を知り、GHQ参謀2部(G2)部長ウィロビー少将らに説明し、それが対日占領政策の大きな転機になったことが最大のハイライト・シーンだと思う。ゾルゲ事件とコミンテルンの敗戦謀略をウィロビー少将に知らせたことから、米国ワシントンでも調査が始まり、アルジャー・ヒスやハリー・デクスター・ホワイトらがコミンテルンに繋がっていたことがあぶり出されていったという。尤も、VENONA作戦が大戦中に実施されていたので、シギントとしては情報は既にあったとは言える。しかし、その解読は1980年代まで掛かり、約350名と言われるルーズベルト政権下のソ連のスパイの内、未だ約半数しか判明していないというから、柴田氏や三田村氏の情報提供がVENONAによって解読されたソ連暗号無電の中に出てくる暗号名からスパイを特定するのに役立ったのかも知れない。こうして対日政策が大きく転換し、日本が復興へ向けて軌道へ乗っていった事は日本国民にとって幸運なことであった。
 その後のTVや原子力については、その日本導入の祖は正力松太郎社主であるとされており、柴田氏はそれは自分であると異論を唱えている。これは佐野眞一氏も『巨怪伝』で支持しており、構想を打ち出し、関係者を説得し、推進していったのは間違いなく柴田氏なのであろう。しかし、本書の末尾にあるように、正力松太郎氏なくしては柴田氏もこれだけのことは成し遂げられなかったと述懐しているようである。
 全体として柴田氏の人柄は随所にみられるように非常に魅力的で、会う人をたちまち魅了して協力を得ることが出来るものだったようだ。文章を読んでいても颯爽とした、明るく陽気な印象を受ける。金遣いも磊落で、銀座で放蕩してしまうという遊び人ぶりであったようだ。まさに、ラジオ、新聞、テレビという3メディアを回遊した、という人生なのだろう。個人的には文体は佐々淳行氏に似ているように思った。
 今は不況であるが、氏の回想録を読むと、これくらいなんだ、という気になる。敗戦直後よりずっと良い時代環境にあり、日本はやろうと思えば何でも出来る状態にある。問題は政治だが、占領政策の影響であろうか、氏が憂えた吉田茂以降の総理の小型化は未だに続いているように思える。政治家が国益を思い、国体を護ることをしっかり考えるようになれば、日本は大いに変わり、柴田氏らが危機を救った日本が、アメリカの庇護によってではなく、日本人の力で立ち、守り抜けるようになると思うのだが、未だ未だそれは先のことになりそうである。




2009.1.13
 佐野眞一著『巨怪伝』にて初めて知った柴田秀利氏であるが、ネットで検索してみると次第に記述が増えてきているように思う。先ずは柴田氏のホームページなるものを発見した。

柴田秀利氏のホームページ
http://www.hm2.aitai.ne.jp/~k-okuda/

(以下引用)戦後、日本の復興を自分の使命とし、新聞、ラジオ、
テレビのメディア界を縦横に疾駆した柴田秀利氏の紹介です。

柴田秀利氏は、終戦直後の混乱期から、新聞、ラジオ、テレビのメディア界を中心に活躍したマルチジャーナリストです。
柴田氏はこの間に皇室と親交を深め、GHQ、さらにこの関係を利用しアメリカ国内等に広範囲にわたる人脈ネットワークを築き上げ、また、この結果、吉田茂首相をはじめ、日本の政府要人とも広く交友関係を結びました。
そして、こうした人脈と卓抜した企画力を駆使して日本の復興に多大の貢献をしました。特に、柴田氏は、戦後の混乱期に発生した戦後最大の労働争議である"読売新聞社労働争議"の解決、日本のテレビ時代の幕開けとなった"日本テレビ放送網株式会社の設立"、また、将来の重要な項目でもある"原子力平和利用時代"、さらに、ゴルフブームの仕掛けを演出した「戦後時代のプロデューサ」です。


ノンフィクション作家、佐野眞一(『巨怪伝』)さん柴田秀利を語る
http://www.voyager.co.jp/dotbook/books/topic/Sano_Riso.html



 昨今ではCIAと正力松太郎の関係などを明かした書なども出ているが、未読である。正力が「ポダム」という暗号名で協力者となっていた、資金提供を受けていた、というものである。巣鴨プリズンに戦犯として収容されたり、戦後の圧倒的なアメリカ支配体制下では様々な協力関係があって当然だろうと思う。そして、容共から反共へと日本統治政策を反転させたGHQが、その強力な日本人協力者として正力松太郎を選ぶのは当然の成り行きだったろうと思う。また、ここで柴田秀利氏の暗躍が貢献したことも当然のことである。更に、正力松太郎氏も柴田秀利氏もそれぞれに愛国者であり、国体護持と日本の復興の為にアメリカと協力し、或いはアメリカを利用するという姿勢だった。正力松太郎氏はアメリカの情報機関がそうそう簡単に操れるような男では無かったようで、流石昭和の一代の怪物であり、タフ・ネゴシェイターであったと思う。






2011.05.14
敗戦謀略の真相 p.49
【スターリンの罠】
尾崎の獄中から家族に宛てた書簡集が、『愛情はふる星のごとく』と題して出版され、大変なベストセラーになった。読売はいち早く昭和20年末に本事件の概要を出したが、一周年を前にして朝日が、これこそが真相として書いた記事は、一転して自社出身の尾崎を愛国者に仕立て上げ、その流れが今日まで続いている。
・・・このベストセラーとなった書簡集の跋の中で、尾崎の親友、印刷出版労組の初代書記長松本慎一が、「尾崎は祖国を売りはしなかった。祖国を救う為、祖国の繁栄の為に命を賭けて行動した・・・」と讃えながら、そのあとの文言はハッキリ覚えていないが、「その為に尾崎は戦争に反対するどころか、逆に日本を戦争へ戦争へと積極的に駆り立てた」という意味のことを書き留めているのを見た。但し、版を重ねる内に、いつの間にかこの論文は切り捨てられたように記憶している。
 当時から共産党は、戦争反対を終始一貫主張し続けてきたのは我が党だけである、と一枚看板のように宣伝していた。しかし、松本のこの一文は、はからずもそれが真実では無かったことを告白した証拠と見られなくも無かった。私はここに、三田村論文の「敗戦謀略論」が単なる作り話では無いことを確認した。そして考えた。もしこの戦争が三田村論文通り、スターリンのタクトに振られて、踊らされたものだとすれば、必ずやスターリンは、同じような罠を、敵国のアメリカ側にも張り巡らしていたに違いない。今まで日本に指令されてきた占領政策の数々も、裏を返せば、ことごとく日本を弱体化させ、必然的に社会主義化させようとするものばかりだったと言っても過言では無い。受ける側の日本からすると一層それがハッキリと見えていた。日米共に莫大な血の犠牲を払わされ、戦い終わってフタを開けてみたら、何の事はない、双方共々スターリンの手のひらにのって、踊らされた阿呆同志だったじゃ無いか、ということになりかねない。私は、(日米)双方がそれに気づいて、眼を開くことを熱望した。
 翌朝、早速(読売新聞)社長(馬場恒吾)にこの筋書きを話し、これは是非情報部長ウィロビー少将(『赤色スパイ団の全貌 −ゾルゲ事件−』)に読ませましょうや、と進言した。(読売)争議の時に散々世話になった関係もあり、社長も良かろう、というので二人で出掛けていった。
 久方ぶりの訪問に、ウィロビーも大変にこやかに迎えてくれた。
 「今日は非常に重大な事実を発掘した、日米双方に関係する論文をお見せしようとしてきた。先ずこれを是非読んで下さい。」
 と社長が言い、それに続いて私は、
 「この調査の結果、必ずやクレムリンが、同じような手口で、ワシントンの中枢にも伸びていたものと推察します。事にヤルタ会談の演出者と極東委員会の内部に是非メスを入れてみて下さい。」
 と付け加えた。ウィロビーは一瞬、愕然とした面持ちを見せた。
 「喜んで拝読し、十分検討してみます。その上で改めてこちらから意見を申し上げますから、それまでしばらくお時間を下さい。」
 といって雑談に入り、帰社した。
【敗戦謀略の本格調査】
 半月ほどしてウィロビーから連絡があり、馬場社長と二人で出掛けた。今度は彼一人では無く、数人のスタッフを揃えて待ち構えていた。
 「先日頂いた『敗戦謀略』(=『大東亜戦争とスターリンの謀略』 三田村武夫)の論文、つぶさに検討しました。全く驚き入った事実を教えられて、目の皮が剥がれた思いがしました。そこで最高司令官以下、全員の意志で、本件の本格調査、研究をする特別委員会を郵船ビルに設置することを決めました。ワシントンとも連絡し、委員長に専門家の将官が着任することまで決定したことをお知らせします。我々にとって、実に得難い課題を提供して頂いたことを心から感謝します」
 まことに決意に溢れた、丁重な挨拶であり、回答であった。その将官が着任したら、改めて紹介するが、取り敢えずそれまでの推進責任者として、ブラットン大佐が当たることになったので、会ってくれということで、少将自らが立って近くの部屋へ案内した。
(略)ここに三田村赳夫氏(『大東亜戦争とスターリンの謀略』)が参画したことは言う迄も無い。








(上巻)
敗戦、即革命の前夜
  読売争議を乗り切る
敗戦謀略の真相
  クレムリンの世界戦略
NHKのニュース解説者
  主権回復を目指して
テレビ時代の創造
  日本再建のカギ
テレビ免許第一号
  NHKとの決戦
アメリカの借款獲得
  ニュー・メディアの導入

(下巻)
日本繁栄の奇蹟
  エレクトロニクスが開く世界
原子力時代の幕開き
  日米外交の危機
原子力外交の展開
  官民一体で推進
ゴルフ・ブームの演出
  カナダ・カップの日本開催
要人との付き合い
  アイゼンハワー大統領との会談
カラー・テレビの狙い
  精密機械・化学工業の革新
ランド計画発進
  ゆとりある生活を求めて
あとがき
解説 佐野眞一



正力松太郎、柴田秀利関連書籍
戦後マスコミ回遊記』 柴田秀利
大東亜戦争とスターリンの謀略』 三田村武夫
赤色スパイ団の全貌 −ゾルゲスパイ事件−』 C・A・ウィロビー少将
巨怪伝』 佐野眞一
昭和史を動かしたアメリカ情報機関』 有馬哲夫
スターリンの対日情報工作』 三宅正樹
共産主義黒書』 ステファヌ・クルトワ




『戦後マスコミ回遊記』電子本としてボイジャー理想書店より出版されています。
http://www.voyager.co.jp/dotbook/books/syousai/05sengo_shibata/index.html

『戦後マスコミ回遊記』オンデマンド印刷本
https://www.dotbook.jp/detail.php?fn=voyager_128&bg=book&mg=etc&sg=nothing





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戦後マスコミ回遊記〈上・下〉
柴田秀利
(上巻帯)正力松太郎を担ぎ民放のTV、原発導入など日本の戦後を演出した男の回想記
(下巻帯)政財界の巨人たちが織りなす白熱の戦後史の仕掛け人