平成19年(ネ)第4274号 貸金等請求控訴事件

控訴人(一審被告)  石井一昌

被控訴人(一審原告) 倉林誠治

控訴理由書

東京高等裁判所第14民事部ハA係御中

平成19年9月22日

控訴人 石井一昌

平成19年(ネ)第4274号 貸金等請求控訴事件(以下本件と称す)について、控訴人は以下の通り控訴理由を提出する。

 

1. 本件第一審は単に原判決が不当・審理不十分であるという次元の問題ではなく、乙15号証の弁護士懲戒請求書の通り、被告(控訴人)石井一昌が篠原常一郎を通じて委任した河内謙策弁護士が、単なる怠慢や手抜きという受任義務違反を通り越して、委任者である被告(控訴人)を裏切って委任者の不利益を増幅し、原告(被控訴人)倉林誠治に有利なように法廷闘争を行い続けるという、被告側弁護士までが原告側に立つという未曾有の裁判運営、日本の裁判制度・弁護士制度の根幹の問題ということである。

 単なる貸金等請求事件でこのような前代未聞の裏切りが行われるということ自体が、すでに本件が表に出ている単なる貸金等請求事件ではなく裏があり根が深い証拠である。本件は刑事事件に例えれば、加害者が被害者を犯人だと訴えているも同じで、誣告罪に相当するものである。

2. 単なる貸金等請求事件であるならば、被控訴人は物的証拠を挙げればすむはずが、訴状においても、P2「被告が右翼関係者とは知らずに」「次第に粗暴な対応に出るようになり」という嘘デタラメを並べ立て、意図的に被控訴人と控訴人の信頼関係に「右翼=暴力的=畏怖=強要」を擦り込むことに躍起であり、それは甲15号証の被控訴人(原告)の妻倉林陽子(以下単に倉林陽子と称す)の陳述書でも随所に見受けられる。なぜそのような嘘デタラメを並べ立てる必要があったのか? それはそうでもしなければ延々と貸すことは不自然で説明がつかないからである。

3. 特に甲15号証倉林陽子の陳述書は同年5月17日の本人尋問と共に、虚偽に満ちており、矛盾だらけである。P2「石井さんが頼むので、平成5年に、50万円、100万円とお金を貸しましたが、これを返してきたのが平成7年でした。」とあるが、このような事実はない。これはそれに続く「「これでは石井さんは金銭的に信用が出来ない」ということで、その後お金を貸したりする時には、石井さんからはサインを貰おうと夫と話し合いました。」という虚偽の既述の為に作り出された虚構である。倉林陽子がこの時期に控訴人(被告)と被控訴人(原告)の金銭関係を知らなかったことは、平成17年3月初旬に初めて被控訴人(原告)の店舗のある南台商店街を歩き、少し前に切れていた時計の電池交換の為に、目に付いた時計屋(被控訴人の店舗)に飛び込んだ当時第三者で何も知らなかった中西玲子が、

中西玲子「ちょうどええ。あそこに時計屋があるから電池入れてきてもらうで」控訴人石井一昌「行ってもいいが電池交換の値段だけ聞いてすぐ出て来い」

中西玲子《??? 電池の交換なんか、なんぼも変わらへんのにおかしなことを言う。ええから電池を入れてもらおうと思って入っていった》

時計の電池交換中に控訴人が入って来た時、倉林陽子が傍目でわかるほど顔色を変え(中西玲子「なんや値段だけ聞いて出て来い言うてたけど入れてもろてるで」で控訴人が一人でなく女連れだとわかりほっとしたようになり)、電池交換が終わった後、控訴人が金銭の整理の話しを切り出すと「私は二人の金銭のやり取りは全然知らないのでわかりません」と激しく否定したことからも証明される。またこの甲15号証倉林陽子の陳述書P3の「平成9年頃、私たちは新宿のマンションを500万円ぐらいで買い入れました。(中略) 後に、多額の管理費の請求が来て、夫に問いただすと、無償で貸していることが判りました。」とも矛盾する。平成7年に控訴人のことで被控訴人である夫と話し合ったのに、商売人が値の張る不動産の無償貸借を「金銭的に信用が出来ない」控訴人に対して行うのに、夫婦なのに問いただされるまで話さないということ自体が不自然である。それに金銭的に信用が出来ない相手に不動産の無償貸借をすること自体が不自然である。嘘を並べ立てるからボロが出るのである。

4. この被控訴人(原告)のデタラメと嘘が神聖な法廷で罷り通ったのは、ひとえに控訴人(被告)の訴訟代理人であった河内謙策弁護士が、同弁護士を紹介してその上、控訴人の介助人を買って出ていた篠原常一郎氏(乙16号証)が、控訴人が領収証も何もなしに口約束で5千万円を預けたもう一方の証人、しかも「残りの5千万円は正公堂(原告=被控訴人の店舗名)に預ける」の証人である石原利博氏の聞き取りを、平成18年11月8日午前10時から11時に行っている(渋谷ハチ公前で篠原常一郎氏は石原利博氏と待ち合わせて道玄坂方面の小さな喫茶店で)のに、「乙1号証伊東千恵氏と乙2号証浅香純一氏の陳述書だけで十分だ。(被告)石井一昌の言い分は十分認められた。(原告)倉林誠治側は慌てふためいている。楽勝だ。石原利博氏の証人申請はもう要らないと却下された。」と手の込んだ偽りを12月上旬に行い(この時期石原利博氏の証人申請は行っておらず、判決後の平成19年7月30日に書類を閲覧して証人申請は平成19年3月15日という時宜を外れて却下される蓋然性が高い時にアリバイ作りのように行っている。乙17号証)、被告(控訴人)に「真実を裁判所が認めてくれた。真実はやはり強い。」と油断させ、平成19年5月17日の本人尋問では、乙15号証弁護士懲戒請求書でも明らかな通り、被告(控訴人)である石井一昌の主張(原告倉林誠治が倉林誠治から石井一昌が借りたと主張している金銭は、真実は石井一昌が倉林誠治に預けた4500万円から引き出したもの。従ってその場の形の上では「借りた」としてもそれは無からの借りではない。預け金からの「借り」である。しかも平成17年3月14日と6月30日の二件以外は返している(石井一昌の本件に関しての「返している」とは「倉林誠治に預けた4500万円に戻している」の意))を補足するどころか、石井一昌に不利なように「借りた」「借りた」の言質を引き出すのに躍起であり、また原告(被控訴人)側弁護士の尋問においてもP19〜P21のように、被告(控訴人)石井一昌は高齢ですでに聴力は弱く、その上論理的な話しをする訓練も積んでいないのを承知しながら(その為の弁護士である)一言も異議を唱えず、原告側弁護士のなすがままにしている。この不作為はP26の不動産の尋問においても明らかであり、素人は普通事前に物件を見ても道路幅がどうで建築確認がどうとはわからないものである。そのような弁護を一切行っていない。という弁護士の義務違反以前の背信行為を行い続けていたからである。単なる貸金等請求事件であるならば、このような手の込んだ芝居をして被告(控訴人)を油断させ騙す必要など微塵もないはずである。それを行ったこと自体がすでに本件が単なる貸金等請求事件でない証拠である。

5. その不作為と意図的にずれた作為のアリバイ作りは、今、吟味すれば同じ共産党である被控訴人(原告)側の弁護士と歩調を合わせたとしか思えぬほど巧妙に仕組まれていた。2007年2月15日原告訴訟代理人横山聡の準備書面(1)(以下「070215準備書面」と称す)P1「原告が相談を持ちかけ、被告が解決した事実はない」には、その事実の証人である、原告である被控訴人倉林誠治が当時の自身の住宅の日照権問題(ごり押しともいえる無理難題)の解決を被告である控訴人石井一昌に依頼して、控訴人が護國團の小嶋宗市氏を使って解決した事実がある。この小嶋宗市氏には平成19年2月に新宿区市谷船河原町四番地の護國團總本部の事務所で、やはり1.に既述の篠原常一郎氏に会わせて聞き取りをしているのに、この件はアリバイ作りの証人申請さえも行っておらず陳述書もなく準備書面にさえ触れられていない。そしてこの控訴理由書作成の為に9月9日に小嶋宗市氏に確認したところ、篠原常一郎氏は聞き取りの後「改めて連絡するので」と言っていたのに、以後なんの音沙汰もないので不思議に思っていたとのことである。

 同じく「070215準備書面」P1の「被告は、「預けておいた」との証拠を提出すべきである。甲15号証倉林陽子の陳述書P2「まとまったお金を預ける必要があるのなら銀行の貸金庫や専門的なところへ預ければよいことです。」2007年7月2日原告訴訟代理人横山聡の準備書面P2「抗弁についてであるが、「4500万円の預託金」の存在について原告はこれを否定しており、同事実を裏付ける客観的証拠はない。」と言いたい放題をさせながら、石原利博氏の証人申請が却下されたのをいいことに被告(控訴人)弁護士河内謙策は何の反論も行っていない。たとえ証人申請が却下されたとしても準備書面なりで反論の方法は考えられたはずである。また寄託であれ委託であれそもそもが諾成契約は当人間では書面のやり取りは義務付けられていない。書面のやり取りをするのは後日争いがあった時に第三者に対しての証明のために必要だからであって、被告(控訴人)は被控訴人を全面的に信頼していて争いを予定も想像もしていなかったので、書面がないのが当たり前なのである。一向に不自然ではない。そのようなことも一言も主張していない。原告倉林誠治(被控訴人)が被告石井一昌(控訴人)の預け金4500万円を横取りしながら、このように強気に居丈高に振る舞えたのは、ひとえに被告(控訴人)の弁護士である河内謙策の不作為が保障されていたからだと言える。

6. その不作為は同じく「070215準備書面」P1「昭和57年7月3日に被告が株式会社日本企画設計に売却した事実であり、金額は不明である。」に対する反論も、反論よりも3ヶ月も前、平成18年11月16日証拠説明書被告訴訟代理人河内謙策のP1「これにより、被告が中野区南台に約百坪の土地を所有していたこと、その土地を昭和57年に売却したことが明らかとなる。」などという登記簿の見方がわかる者なら説明さえ要らない、誰が見てもわかる上辺の説明だけでなく、日本企画設計が売却したミヤマを辿って売買代金等を加減算していけば、被告(控訴人)が日本企画設計に対していくらで売却したか、つまり被告(控訴人)石井一昌がいくらの金額を手にしたかということが明らかになるのは、弁護士であるなら初歩の知識で自明の理であるはずが行っていない。しかもこの平成18年11月16日の証拠説明書自体が、被告側の証拠でありながら、「乙1号証」「乙2号証」「乙3号証」ではなく「甲1号証」「甲2号証」「甲3号証」とは、一体意識がどちらを向いているか、馬脚を現しているというものである。

7. 加えて「070215準備書面」P2「被告が仮に原告を信用できなくなったのだとすれば、預けた金をすぐにでも返すように求めるのが通常である。しかるに、被告は、平成10年から平成17年までの間「返還」を求めておらず被告の主張は矛盾がある。」においても、被告(控訴人)石井一昌弁護人河内謙策の不作為は明らかで、被告(控訴人)は被控訴人に、昭和58年に被控訴人が控訴人(被告)の預け金4500万円から支出して購入した控訴人名義の中野区南台2-40-5の不動産物件の件で、被控訴人からは3800万円と聞いていたのが、平成10年頃にたまたま売主である瀬戸さんと話す機会があり、3800万は真っ赤な嘘で1800万だったと知り、被控訴人に説明を求めに行ったところ、押し黙ったままなのでシビレを切らせて「黙ってないで何とか言え」と怒鳴ったら、中野警察へ駆け込み、中野警察から「今後近付いたら逮捕せざるを得ない」と言われたので、平成17年3月に3.の中西玲子が時計の電池交換に勝手に入っていく偶然の機会まで近づけなかったが、それまでの間は被告(控訴人)は、代理で最初は佐藤、佐藤が辞めた後は引き続いて斎藤庄一に交渉に行かせているので、「070215準備書面」の「被告の主張は矛盾がある。」はすぐに反論できるはずが何もしていない。しかもこの不動産の売買には被告(控訴人)は権利書の受け渡し以外一切関わっていない。つまり控訴人が金を動かしていないのに、控訴人名義になっているということが、被控訴人の手元に控訴人の預け金があり、それを元に委任された行為(家を買う)を行い引き渡したという証拠であるのに、それすらも一言も触れていない。また弁護士であれば住民票の移動や戸籍の附標等で売主の瀬戸さんの行方は簡単に突き止められたはずで、瀬戸さんに確認すれば被控訴人の関与がどれくらいかすぐ証明できたはずがそれさえも行っていない。被告(控訴人)の訴訟代理人河内謙策弁護士が行ったことといえば、的外れでどうでもいいに近い乙14号証の指輪の鑑定のみである。

 本来3.からこの7.に触れられている指摘や作業は、すべて第一審で被告(控訴人)の河内謙策弁護士が初歩的に行うべきものであったものである。

8. 第一審では「楽勝」の言葉で「やはり≪真実は強い≫」と楽観視し、被控訴人に預け金を横取りされて金がないのを、十万円の着手金のみで残りは成功報酬で引き受けてくれた(と信じ)「義」に感激し「義」をすっかり信じきっていたものであるが、このように今吟味してみれば、裏切りや通謀は早い時期から行われていた形跡が残っている。第一に「毒には毒を」と共産党の弁護士には同じ共産党がいいと、河内謙策弁護士の仲介をした1.の篠原常一郎氏(行政調査新聞社)が、今調べれば共産党を除名されていてしかも党と裁判沙汰になっている立場であれば、除名された者が共産党の弁護士に近付いても普通は相手にされるはずがなく、ましてや大儲けのおいしい話ならまだしも、金のない後払いの成功報酬しかもたかだか総額1300万円ぐらいの話を、後払いの契約書もなく二つ返事で引き受けるというのもおかしな話だ。除名されていた篠原常一郎氏が共産党の弁護士に近づけたのは、組織の性格上考えられることは、「真実は原告(被控訴人)倉林誠治の手元に、被告(控訴人)石井一昌の預け金があった。」という原告側弁護士が依頼人倉林側から知らされていなかった「真実の話」を党に突きつけたからではないのか。それであればこそ、7月2日の最終陳述の後に石原利博氏の証人申請の確認を篠原常一郎氏に行なったら、真実は平成18年11月8日に石原利博氏と会って、平成18年12月初旬に既述4.「楽勝だ。証人申請は却下された。」と騙しておきながら、乙17号証の2のように、平成19年3月頃という曖昧で時宜を外れた証人申請の辻褄併せのような返事を寄越したことからも証明される。しかも内容たるや石原利博氏に乙17号証の3を見てもらい確認したら、話したことのわずかしか書いていない。この件に関して控訴人が再確認しようと、篠原常一郎氏の携帯電話にごく普通の伝言「石井ですけど電話下さい」と入れたら、翌日篠原常一郎氏を寄越した行政調査新聞社の松本州弘氏から「篠原の嫁さんが学校の先生で、篠原の女関係を疑って篠原の携帯を調べて、石井の伝言があったので問い詰めたら、仰天して警察へ飛び込むといっている。相手は堅気ですから。」と女関係などと脈絡のない連続で自身が半端な右翼運動を行いながら「堅気」を持ち出し「警察へ飛び込む」と。余程裏切りの重さに耐えかねたか、報復を恐れたか、松本州弘氏十八番の「義の墨子」も吹き飛ぶ似非墨子の正体、「警察への泣きつき」であった。単なる貸金等請求事件で、どうしてこのように「楽勝だ」とまで騙して油断させ、石原利博氏が証人にならないように仕向け、被告(控訴人)が弁護士に疑義を感じて解任しないような仕組みまで作り、被告(控訴人)に不利益を齎す必要があるのか。従って控訴人は石原利博氏と篠原常一郎氏両名の証人尋問は必ず行っていただきたいと要望するものである。

 被告(控訴人)は「義」を信じて平成19年5月17日の本人尋問までは、一度も傍聴もせずに書面もろくに読まずに河内謙策弁護士と篠原常一郎氏に任せ切りにしていた。騙され裏切られているとも知らずに被告(控訴人)が長い間「義」を信じていたことは、インターネットで万人に公開している控訴人のホームページの平成19年2月24日(アップは翌日)の「非戦の戦い 日本の処方箋B 中間報告(日本共産党について)」(乙19号証)で「今回の裁判で、騙され(不徳の至りです)、無一物の俺を、義と侠で助けてくれている弁護士もまた共産党の人なのです」で証明される。

 しかし悪だくみも平成19年5月17日の本人尋問において、修羅場を潜り抜けてきた被告(控訴人)は直感的におかしいと、その後に河内謙策弁護士を解任した。それも篠原常一郎氏だけでは抱え主の松本州弘氏に言い訳が立たないだろうと、わざわざ平成19年6月8日に新宿区市谷船河原町四番地の護國團總本部の事務所に篠原常一郎氏と松本州弘氏の両人に来てもらい、河内謙策弁護士の解任を告げたのである。それなのに篠原常一郎氏は翌日に電話を寄越して「解任だけはしないでくれ」と泣きついてきたのである。前日に済んだ話を蒸し返して、見栄も外聞もなくただ「解任だけはしないでくれ」とは、途中解任されたら共産党に対して顔向けが出来ないので、余程慌てたのであろう。この不可解な「解任だけはしないでくれ」の意味も判決後の平成19年7月30日に裁判書類を閲覧した時に氷解した。なんと篠原常一郎氏は初期の平成18年10月2日に乙20号証のように、被告(控訴人)石井一昌の訴訟委任状を偽造して河内謙策弁護士に提出していたのである。被告(控訴人)が篠原常一郎氏を通じて弁護士に依頼したのは「1.」のみであったのに、訴訟委任状には「3.反訴、控訴、上告又はその取下げ及び訴の取下。」という文言が入っている。しかも篠原常一郎氏はそれより以前の書記官宛の乙16号証「平成18年9月19日の介助人申出書」や乙16号証の2「平成19年6月13日通知書」はわざわざ寄越しているのに、その間の平成18年10月2日の肝心な書面である訴訟委任状は、被告(控訴人)石井一昌に一切目を触れさせずに石井一昌の名前まで勝手に署名し(乙20号証2の篠原常一郎の筆跡と同一)(普通は署名ぐらいは本人にさせるものである)、印鑑も勝手に調達して越権偽造して、コピーさえも寄越していない。一般には弁護士は依頼人を裏切る前提に出来ていない訴訟委任状の形式であるから一括しても問題はないであろうが、委任は原則は逐一委任のはずである。もし意図的なものがなければコピーは寄越していたはずだ。事前に全権委任かどうかを知っているのと知らないのとでは対応に天と地との差がある。これは当初から意図的に全権委任とも言える文言で控訴の取下げ(つまり騙したままボロが出る前の一審判決で終結)まで視野に入れたものと考えれば「解任だけはしないで下さい」と泣きついて来た意味が納得できるのである。

9. さて乙18号証は、前出時計屋(被控訴人(原告)倉林誠治の正公堂)へ偶然電池を入れに行った当時善意の第三者であった中西玲子が、宅地建物取引主任者の資格を持っているので、今後、被控訴人が控訴人に対して清算する場合に、被控訴人の複数あるという不動産の処分も入る可能性があるので、その場合に好都合であるということと、女性であるので控訴人石井一昌であれ控訴人の代理の斎藤庄一であれ立会いがいれば、倉林陽子も話しやすいだろうとの控訴人の配慮から、控訴人に依頼されて平成17年3月に控訴人の代理斎藤庄一と倉林陽子の話し合いに立ち会った時に、斎藤庄一が作っていた倉林誠治の言い分の覚え書きを見せて話し合いに使った書面である。立会いであるので斎藤庄一が倉林陽子と話しをしていたが、206号室の話になり斎藤庄一が滞納している管理費について話し出さないので、

中西玲子「奥さん、管理費は?」

倉林陽子「家賃も貰ってないし・・・そちらで。」

中西玲子「家賃ぐらい4500万の利息でしょう。」

倉林陽子「利息はそんなにならない。」

中西玲子「石原さんからは月30万貰っていたと石井が言ってましたよ。あそこの家賃はせいぜい10万がいいところ。」

の時の書面である。一目瞭然の通り会話では他でもない倉林陽子自身が4500万円が前提でなければ出てこない文言「利息はそんなにならない」と言っている。書面の中で根抵当権というのは不動産に疎い斎藤庄一の間違いで抵当権のことである。そしてこの話の最中に

倉林陽子「これ(乙18号証)を控えていいですか」中西玲子「どうぞ」

で、B5版ぐらいの白い紙に書き写していたのである。また同じく倉林陽子は話の中で、倉林陽子「現金800万で清算するといっても、お金はお足だから、不動産(註・南台2-40-5の物件のこと)で持っているほうがいいかもしれませんね。」とも言っている。つまり倉林陽子自身が預かり金4500万円を前提に現金800万円と206号室の名義変更の条件での清算ではどうか?と言っているのである。これは中西玲子と斎藤庄一の両名が見聞きしていることである。

 従って倉林陽子が控訴人石井一昌(代理斎藤庄一を含む)と4500万円の話しをしたことがないというのは真っ赤な嘘であり、法廷で宣誓をしておきながらぬけぬけと偽証するとは盗人猛々しいとはこのことである。

 加えて甲15号証倉林陽子の陳述書P4「平成16年3月ころに石井さん本人が来て、話はご破算になりました。」という事実はなく、控訴人は平成17年3月に、倉林陽子には始めて、被控訴人倉林誠治に預けてある金銭の清算の話しを切り出したのである。従ってこれも虚偽虚構である。3.既述のように、その時に倉林陽子が「私は二人の金銭のやり取りは全然知らないのでわかりません」と言ったのである。そしてそれまで斎藤庄一ばかりが交渉に来ていたので、多分控訴人が病の床にあるとでも思っていたからか、控訴人が入ってきた時に、第三者で何も知らなかった中西玲子でさえわかるほど、幽霊でも見たように顔色を変えたのであった。

 また甲12号証は控訴人(被告)石井一昌が平成17年3月14日に倉林陽子から受取った160万円の書面である。これは倉林陽子が控訴人石井一昌に対して既述のように「夫(被控訴人)と石井さん(控訴人)の当時の金のやり取りを全然知らない」とのことなので、「それなら倉林誠治の病気が良くなってから清算すればいいから、國の為に奥さんが貸してくれ」ということで倉林陽子も納得して用意してくれていたので、控訴人は単に「陽子様」と書いて渡したのである。そのような前提がなければ倉林陽子は貸さないだろうし、貸したとしても「陽子様」とどこの「陽子」か特定できない書き方でなく、「倉林陽子様」と要求したはずである。また倉林陽子が被控訴人倉林誠治と控訴人石井一昌の金のやり取りを部分的にでも知っていたなら(平成19年5月17日の本人尋問で述べた「甲12号証(註:平成17年3月14日)、甲13号証(註:平成17年6月30日)以外のお金の貸し借りのときに、あなたはその場にいましたか。」倉林陽子「いた時もあります。」が真実なら)、当然被控訴人倉林誠治の代理として、倉林誠治代理(倉林)陽子としているはずである。また甲13号証は控訴人代理斎藤庄一が倉林陽子から平成17年6月30日に受取った140万円の書面であるが、ここには「陽子様」とさえ書いてない。三ヶ月前には「陽子様」と書かせた倉林陽子が、控訴人石井一昌代理斎藤庄一の時にはその名前さえない形式の書面で満足したのは、その三ヶ月の間に被控訴人倉林誠治から「控訴人石井一昌の預け金」の概略を聞き出していなくては説明がつかない。つまりこの書面こそは控訴人の預け金を清算するための文字通りの覚え書き以外の何ものでもない証拠である。

 何よりも訴状自体が原告倉林誠治と単独でありながら、「陽子様」宛の平成17年3月14日の160万円まで要求してくること自体がおかしい。この

160万円に関しては倉林誠治は原告適格を満たしていないはずである。それを同列に並べてくること自体がすでに被控訴人(原告)倉林誠治側にこれらの金銭の覚え書きは同一との認識があり、その認識は控訴人の「それなら倉林誠治の病気が良くなってから清算すればいいから、國の為に奥さんが貸してくれ」の言葉があって始めて成立するものである。

10. また甲2号証から甲10号証も同様で、これは借用証といえる代物ではない。被控訴人が本当に無からの「貸し」であれば南台商店街でケチと有名だった被控訴人が、被控訴人が貸主だとわからぬ書面で満足するはずがない。ましてや被控訴人は商人である。また不可思議なことに、甲2号証から甲10号証までの日付が順番でなく不規則に前後している。普通は日付が順番になるものである。特に控訴人が「倉林誠治殿」と記名した記憶がない甲11号証は、記名の記憶がないだけでなく、大きさも不自然で控訴人は名刺大前後の大きさ以外の紙には書いた記憶がないのである。平成19年5月17日の本人尋問では不思議なことに金額の大きい甲11号証だけは尋問されなかった。まるでわざと甲11号証のみ外すかのように、それが不自然でないように甲11号証は1997年12月27日300万円、甲10号証はそれより後の1998年1月23日5万円で、甲11号証のほうが日付が早いのに、11番目に載せてある。10年前後も前のことでも2万、3万は覚えていなくても300万なら覚えている可能性は高いはずである。何か甲11号証だけは尋問したくなかったとしか思えない。

 断っておくが控訴人は書いたことは書いたがこのような帳面に書いたことはなく、控訴人が被控訴人との金銭のやり取りの覚え書きの為に書いたのは名刺及び名刺大の紙片(単品)である。従って真実の判明の為に、控訴人は甲1号証から甲11号証までの原本(5月17日本人尋問の時に原告倉林誠治代理人横山聡が持っていた帳面及び控訴人(被告)石井一昌が倉林誠治との間での金銭受け渡し時に書いた名刺及び名刺大の覚え書きの紙)つまり帳面が原本だとすれば、原本とその原本の原本である名刺及び名刺大の覚え書きの紙の双方を、控訴人に点検させるように要求するものである。

11. 本件は、預け金(寄託金)を横取りした原告(被控訴人)倉林誠治と弁護士の共産党松本善明一派の横山聡ともども虚偽の訴状で民事裁判制度を悪用する、まことに天に唾する悪行である。いくら書面第一主義、当人の提出証拠第一主義の民事裁判であれ、信頼関係においては多額でも一切書面をやり取りしないという被告(控訴人)の性格が悪用され(この控訴人の性格は平成15年の交通事故の、保険会社からの補償金等の金銭受け入れ時も、交渉から通帳作成から金銭の引き出し等管理の全てを住吉健夫氏に任せ切りで通帳を触ったことがないということからも証明される。そしてこの通帳は、通帳を持たない主義の控訴人にとっては、保険会社からの補償金が振込みということで、初めての通帳であった。)、預け金を横取りされた被害者である控訴人(被告)石井一昌が、横取りした被控訴人(原告)倉林誠治と事後従犯倉林陽子のデッチあげに苦しめられている、つまり正直者がバカを見るという見本なのである。今世間を騒がせている光市母子殺害事件では、弁護士の仕事が「被告の為に」であってもやりすぎだと、弁護士から弁護士に対しての懲戒請求の働きかけが出ているが、本件は弁護士が「被告(依頼人)の為に」どころか依頼人を裏切って、相手方に利益を齎すという日本の裁判制度に対する背信にも等しい由々しき事件である。本件は民事ではあるが、法の正義と信頼の為に裁判所におかれては権限で徹底的に調査して審議していただきたい事件である。

12. また被控訴人倉林誠治は、脳梗塞の後遺症があるとはいえ、外出して時々外を歩いているのを複数の住人が目撃している。預かった金を横取りした犯罪者でありながら厚顔無恥にもデッチあげの民事裁判を起している以上、証人尋問には出る義務があるのは疑いがない。それを倉林陽子だけで済ませて逃げようとしているのは後ろ暗いことがある証拠である。従って控訴人は被控訴人の証人尋問を要求するものである。

 甲15号証倉林陽子の陳述書P4にあるように、「Cまでの間にも、嫌がらせの電話が何度もかかってきました。」「私にもこれまでの疲労がピークに来ており、夫の二の舞になったり死んだりする訳にはいかない、と要求されるまま」なら、すでにそのずっと前に原告(被控訴人)倉林誠治が中野警察に駆け込んで「今度近付いたら逮捕する」という言質も得ているのだから、さっさと警察に通報して本当に単なる貸金であれば、脅迫恐喝で取り調べてもらえばいいのである。そうすれば弁護士に安くはない弁護料を払う必要もない。それに同じく甲15号証P4「要求されるまま「これが最後だと」140万円を渡しました。」の平成17年6月30日から、倉林誠治(原告=被控訴人)代理人弁護士横山聡から内容証明が送られてきた平成18年5月18日までの間にも、控訴人は幾度となく倉林陽子に電話をかけて預け金の清算を強硬に交渉している。平成17年6月30日に「私にもこれまでの疲労がピークに来ており、(中略)「これが最後だと」140万円を渡しました。」のであれば、もう警察に駆け込む状態だったはずである。それをどうして十ヶ月も電話に出ていたのか。どうしても刑事事件にしたくないとしか思えぬ。それは電話に出てさえいれば「ぬらりくらり」でも、控訴人はまだ「倉林誠治が回復したら」と善意に解釈していたので(だからこそ甲12号証平成17年3月14日の160万円は倉林誠治の妻陽子から借りたということにしたのである。)それ以上の事件は起こらない。第一高齢の控訴人はもういつ死んでもおかしくない。(それどころか被控訴人の計算では荒くれた右翼運動に挺身していた控訴人はとっくにろくでもない死に方をしているはずだった。)引き延ばしている間に死ぬだろう。死んだらこちらのものだ。しかし流石に引き延ばしも限界に来たので時間稼ぎの民事を起したのである。控訴人石井一昌は被控訴人倉林誠治側から内容証明が送られてくるまでの十ヶ月の間、倉林陽子には電話で地獄からの使者のような声で身の毛もよだつようなことを言ったのも再三再四であった。それほどであるのに刑事告訴しなかったのである。察するに刑事事件にしたくないのは刑事事件であれば司法権力の調査で全ての金の流れが明らかになり預け金横取りの真実がばれるのを恐れているのである。だから刑事事件とするのを避けているのである。預かった金の横取りがばれれば誣告罪も加わる。本件は本来民事で黒白をつけるべきものではなく、刑事事件で司法権力が調べれば明るみに出る「諾成契約を悪用した横取り犯罪者のデッチあげ」という単純なしかし悪質な案件である。それを控訴人の預け金を横取りした被控訴人倉林誠治側が自己に有利な形式的な書類(控訴人が金銭を戻した後、破っておくといったものまで残していたのだから証拠捏造ともいえる)が圧倒的だとばかり、法廷を欺き、しかも被告(控訴人)側訴訟代理人の弁護士までを抱き込むとは、このようなデッチあげと背信弁護士の不作為・作為の虚偽で終始した法廷を元に「判決」を下さざるを得なかった第一審の裁判官は気の毒であり、心から同情するものである。原告(被控訴人)側の所業は日本の裁判制度に対する背信である。第二審におかれましては、庶民の裁判制度に対する信頼の上からも、どうか裏の裏まで吟味の上、判断を下されますようにお願い申し上げます。以上

  証拠方法

陳述書の一部は口頭弁論期日までに提出する。

            添付書類

1. 乙15号証 懲戒請求書 壱通

2. 乙16号証 口頭弁論期日及び答弁書提出期限延期のお願い平成18年9月19日

乙16号証の2 通知書河内謙策平成19年6月13日 各壱通

3. 乙17号証 第一審証拠申出書河内謙策平成19年3月15日

乙17号証の2 篠原常一郎から控訴人代理中西玲子宛メール(2007年7月3日)

乙17号証の3 乙17号証の2の添付ファイルの内容 各壱通

4. 乙18号証 控訴人代理斎藤庄一が倉林陽子との交渉に使った書面 壱通 

5. 乙19号証 控訴人石井一昌のホームページ平成19年2月24日 壱通

6. 乙20号証 訴訟委任状河内謙策宛平成18年10月2日 

乙20号証の2  篠原常一郎の筆跡 各壱通

7. 証拠説明書 壱通

8. 証拠申出書 壱通

9. 証拠要求書 壱通

10. 証人等目録 壱通

11. 陳述書中西玲子 乙21号証 壱通

以上