石井一昌(日本を築く庶民の会会長・元護國團最高顧問・元護國團団長)への追悼文

石井一昌先生追悼

天真院慈眼昌道居士(俗名 石井一昌)の最大の功績は、昭和50年代、右翼民族派陣営の最高の指導者であった、片岡駿先生をトップにかつぎ、車・運転手・宿舎等を用意し、片岡先生をして、神州日本の将来を憂うる全国の有志を、北は北海道から、南は沖縄県まで、私宅等を訪ねて、「全国有志大連合」結成大会への参加を呼びかけさせたことである。

かくして、昭和五十六年八月九日・十日、岡山県湯原温泉「ホテル水島」での結成大会を経て、「全国有志大連合(略称「全有連」)」が結成された。

「全有連」初代会長、片岡先生は、昭和五十七年十月の第一回伊勢大会直後、急死され、第二代目会長を私が引き継ぎ、第二十回京都大会直後、私は会長職を退いて、「常任顧問」となり、三代目の会長の誕生を待ち、現在に至っている。「全有連」は、年一回、全国大会を開いて今日に至っている。

本年も、五月吉日、岐阜県大垣市で全国大会を開く予定である。

「全有連」は四つのスローガンを掲げているが、第一のスローガンは「正統憲法の復元改正」である。

また、全有連は、全国規模の「街宣運動」等も行っている。

重ねて言う。護国団団長(当時)石井一昌氏の最大の功績は、黒子に徹して、「全有連」をつくったことである。

その間の事情は、石井一昌著『日本を哭く』(平成七年発行)三二六頁以下に詳しく書いてある。

石井一昌先生、安らかにお眠り下さい。

 

    全国有志大連合 常任顧問

    憲法学者・法学博士  小森義峯

 

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