石井一昌(日本を築く庶民の会会長・元護國團最高顧問・元護國團団長)への追悼文

石井一昌先生の思い出

在米の私がワイフさん(中西玲子〔石井玲子〕女史)と知り合ったのは、インターネットを通じてでした。

1990年代後半だったと思いますが、ちょうどその頃、アメリカでは「レイプ・オブ・南京」という本が出版され、それがベストセラーとなり、この本に触発されてか、中国系アメリカ人による「対日賠償団体」が結成され、彼らが米国社会で声高に日本の中国大陸での”犯罪”を訴えだし、日本政府に対して政治的、法的な行動を起こし始めたのでした。

在米邦人の私は、彼等の主張を知るにつれ、その一方的な誇張宣伝に、何とかしなければと思うようになったのですが・・・もちろん1人で何とかすることはできません。米国の日系人はといえば、こういう問題には無関心か、逆に対日賠償団体に協力するかのいずれかだったので、唯一の頼みは米国の対日賠償団体に異を唱えるネット保守でした。

というわけで、私の対日賠償ウォッチが始まりました。その間にさまざまな初代ネット保守の人々と知り合い、その中の一人が(ゴジラズ)ワイフさんでした。

その頃のワイフさんは、まだ石井一昌先生とはお知り合いではなかったと思います。

初代ネット保守、庶民保守の動きは、小林よしのりさんの「戦争論」の影響もあって、それはそれはエキサイティングなものでしたが・・・所詮どれもがおままごとにすぎませんでした。たくさんあった保守系のホームページも多くは消えてなくなり、今では2チャンネル上の「ネトウヨ」へと変遷して行ったのでした。その中で知り合った保守系論客の中で、今でもお付き合いが続いているのがワイフさんです。ワイフさんは小柄でかわいい女性ですが、私は「彼女こそが、ネット保守の中の「最強の輩」ではないかと今でも思っています。そんな中にも運命的な出会いがありました。それこそがゴジラズワイフmeetsゴジラ=石井一昌先生なのです。そして、石井先生と、右翼を超えた先生のベストパートーナーとしてのワイフさんの庶民保守運動が始まった、と理解しています。

私も、対日賠償ウォッチを続ける中、日本に帰ったときはワイフさんと靖国神社にお参りに行ったり、カラオケや映画に行くのが楽しみでした。先生には、いつもご馳走になってばかりで、靖国神社に集う若手保守の人たちを事務所に招いて色々お話なさる場にも寄せていただきました。

何よりも石井一昌先生は、日本の荒波の歴史を全て経験していらした方です。戦中派でもあり、日本の敗戦、戦後の混乱、経済成長、バブル崩壊、阪神大震災、そして今回の東日本大震災と原発事故。怒涛の日本の歴史のなかで、先生の個人史も荒波の人生だったと思います。その中のほんのひと時の先生を垣間見るに過ぎなかったわけですが、私の知っている先生は、ワイフさんというパートナーと一緒にとってもお幸せそうでした。いつもワイフさんが健康管理の面に厳しく、「怖い怖い」といいながらニコニコしていらして、私にはお惚気にしか聞こえなかったです。

石井先生はいくつかのご著書やウェブサイト「THE LONE WOLF」にたくさんの名言を残されています。それらは日本をこれから背負って行く私たちに残された言霊です。特に若い世代の国を憂える人たちにはぜひ読んで考えて欲しいです。このままの日本でいいのか、今の保守運動で本当にいいのか・・・課題は山積しています。

そして迷ったとき、先生のお心を一番よくご存知のワイフさんが運営なさっている「THE LONE WOLF」を見たいただきたい。ワイフさんこそが先生のお志を一番よく理解している継承者なのですから。

どうか先生、これからもワイフさんを通じて、日本を正しい道へ導いてください。そう願わずにはいられません。本当にさびしいです。

  RIO 元皇國ピースフロント管理人           

 

 

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