19 Endless Chain

 口の中が切れた様だ……。金臭く、気持ち悪い……。
 早いとこ吐き出したかったが、今、『それ』をやったら台無しだ。
 当たる寸前に重心を僅かに移動させダメージを軽減したが、顔面への正拳は兵士の『見た目』と同じく強力その物だ……。
 当人は気付かれない様に忍び寄っているのだろうが、激しく体力を消耗しているのだろう。遥かに弱く成っているが、殺気が抑え切れていない……。
 息遣いも荒く、注意力も落ちている……。
 この兵士が『もし』いつものコンディションだったら、まず『M-14』を手に取り、抜目なく『目標』を殺害、もしくは『拿捕』しただろう。
 だが、今は状況が違う……。

(それに……だ……)

 翼は傍目には、自然落下時の衝撃からだらりと延ばされたともとれる右手の指先には、叢吾によって落とされた『ベレッタ』の銃把が触れていた。
 調度、翼の頭が邪魔でその存在を彼から隠している……。
 翼は『相棒』を器用に指先で引き寄せつつ、その挙動を気付かれぬ様、注意をする……。
 動きは酷く緩慢だが、それとは裏腹に心臓の鼓動は『相手に聞こえるのでは……?』と錯覚する程、早鐘を打っていた。
 気配を間近に感じる……。
 叢吾は、『目標』を拿捕すべく距離を詰める……。
 未だに『BloodyWing』と呼ばれている少年は動かない……。

(無理も無い……)

 負傷していると言う情報は知らされていたが、『目標』はそれを感じさせない動きを見せ善戦していたが、相当無理をしていたのだろう。
 彼が吹き飛ばされた地点迄の道程、ひいては戦闘時、彼のいた場所には赤黒い物が道標を作っていた……。

(これで……、終わる……)

 そんな感慨を浮かべつつ、叢吾は適度な距離に至ると、その手を『目標』に向かって伸ばした……。

(チッ……、もう少しだ……)

 塵も積もれば……と言うコトワザが有る様に、指先を使い微かだが移動をさせていた『相棒』のグリップが後わずかで手に収まる。
 挙動一つ一つの時間がもどかしく、緩慢な動きが今まで以上に緩慢に思える……。
グリップが手に収まり、後は人差し指を引金に掛けるだけと成った。
 気配が微かに変わり、『あの兵士』が自分を捕らえるベく『次の段階』に移った事が解り、翼は銃口と共に振り返った。
 叢吾の手が、驚いた様に少し動いた後、止まる……。

「形勢逆転……てか?」

 言って、翼はニヤリと笑った……。
 その光景は事情を知らないものが見たら、絵画の様だと溜息を漏らしたかも知れない……。
 ただし、地に伏せている少年が大男に向けているその手に収まっている銃を見なければ……の話しだが……。
 翼はゆっくりと立ち上がった……。
 負傷による大量の失血と、無理をして戦闘をした影響からか肩は激しく上下し、きつく結ばれた 眉間からは大量の脂汗が出ている。
 それでも向けられた銃口は、ピッタリと叢吾の眉間をポイントしている……。

「ハァ……ハァ……、手を……頭の後ろで……グッ……組め……」

 かなり無理をしているのか?翼は土色に近い顔をしながら言った……。

(今の奴の状況なら……あるいは……)

 叢吾は翼の様子を相変わらずの無表情で見ながら状況打開の隙を狙っていたが、力で押し切れる……と判断した。
 だが、行動を起こさないのは最大にして忘れては成らない事があったからだ。
 彼の持っている『銃』……。
 こいつは弱っている人間でも、たった一つの動作だけで人を殺せる……。
 ましてや、彼の相対している『敵』は素人でない。
 見た目は『唯の少年』でも『プロの』殺し屋であり、たった一人で八個師団を潰した『少年』だ……。

(賭ける……か?)

 しばらく待っても一向に従う気配の無い叢吾の態度と、『何か』を思案している様子を垣間見、翼は内心に秘めていたイラ付きからか「早くしろ……!」と声を荒げた。
 叢吾は言われた通り、両手を挙げると頭の後ろで組む……だが、その挙動はあくまでゆっくり、 相手に狙いを悟られず、かつ苛立ちを誘う様に……だ。
 叢吾が頭の後ろで手を組み終わり、銃口を向けたまま翼は近づいた……。
 彼が歩み寄ってくる間、叢吾は前『だけ』を見ていた……が、それは客観的に見てだ。
 実際は『それ』と悟られない様に視線を動かし、彼の足取りを見ていた……。
 足元が悪い事もあるだろうが、明らかに覚束ない。
 バランスが崩れ、照準が一瞬だけ外れる……。だが、十分過ぎる隙だ……。
 叢吾の身体は自然と動き出し、その足が地を蹴った。
 使用弾頭の予想が付かないが、現状打破の為には構ってられ無い……。

(クッ……)

 過剰な失血と無理がついに祟り、足元を取られた上に、待ってましたとばかりに目眩が翼に畳み掛けて来た。
 目眩は一瞬にして直った物の、その『一瞬』が命取りになる。

(クッ……、間に合わない……!?)

 翼はバックステップを踏み、僅かに間合いを空けると、銃の照準を叢吾の腹に合わせた。
 いかに防弾チョッキを着、集弾に耐えられても、着用している人間への衝撃は防ぎ切れない。

(色々と、聞きたい事もあるし……な……)

倒れそうな気怠さと、酷く重い身体を引きずりながら翼は引金を引いた……。